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ワタスゲ

旬のもの 2024.07.26

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

夏山シーズンが到来し、ワタスゲ(綿菅)が高原の湿地や水辺に群生し、真っ白な毛を風に揺らしています。湿原では、ニッコウキスゲの群落も花盛り。ワタスゲの雲のように白い穂と、ニッコウキスゲの鮮やかな黄橙色の花。ほかレンゲツツジの赤などもアクセントとなり、花や穂が入り乱れ、夏の野は息をのむほどの美しさです。

ほわほわとした白い綿毛が魅力

ワタスゲは、カヤツリグサ科ワタスゲ属の多年草です。高山植物の一種で、北半球の高地や寒地に15種ほどが分布。日本では本州の中部地方以北と北海道の、高山帯から亜高山帯の高層湿原に自生し、大きな群落をつくります。

学名はEriophorum vaginatum(エリオフォルム・バギナツム)。属名の Eriophorum はギリシャ語の「erion(軟毛)+phoros(身につける)」から、種小名の vaginatum は「鞘になった」の意です。

ちなみに英名は「Cotton-sedge」(コットン・セッジ)で、「セッジ」とは湿地に生える葉の細長い植物=スゲ(菅)のこと。和名の「ワタスゲ」も同様に、花が終わった後に白くて丸い綿毛をつけることに由来します。
いずれも緑の湿原に群生するワタスゲの、ほわほわとした真っ白な毛をつけた印象的なただずまいから名づけられたのでしょう。

別名は「雀の毛槍(すずめのけやり)」

ワタスゲは、根茎から次々に花茎を伸ばし、大きな株をつくります。草丈は30~50 ㎝。花期は5~6月で、花茎の先端にたくさんの小さな花が集まり、長さ1~2㎝ほどの小穂をつくります。ミズバショウと同時期に咲きますが、花は地味な黄緑色をしていて、あまり目立ちません。
名前の由来ともなっている白い綿毛をつけて見頃となるのは、花期の約1カ月後の6~8月です。

花後に種子が熟すると、花弁や萼(がく)にあたる花被片(かひへん)が細長く糸状に伸び、外に顔を出します。
花被片の数は、1個の種子ごとに10~25本にもなり、集まって直径2~3 cmの白い綿毛をつくります。そしてタンポポの冠毛と同様、ワタスゲの種子は風に乗って遠くまで、旅をするのです。

ちなみに、ワタスゲの別名は「スズメノケヤリ」(雀の毛槍)。「毛槍」とは、先端の穂先に被せる鞘(さや)を、華やかに染めた鳥の羽毛で飾った槍のこと。江戸時代の大名行列の先頭に、各藩の威信を示す飾りとして並べられました。「スズメ」とは「小さい」という意味です。

なるほど、緑の湿原の中でワタスゲの白い毛がいっせいに風に揺れている様子は、スズメほどに小さく可愛らしい大名行列が進んでいくようにも思えてきます。

わたすげや 旅のはがきを 膝に書き――大石悦子(1938~2023年)

ワタスゲといえば、初夏の行楽シーズンの風物詩の一つ。俳人の大石悦子の句は、夏の旅の幸福感を鮮やかに描き出しています。
訪れた地で出合ったワタスゲから受けた感動を、今、しゃがんで膝の上にハガキを置いて書きとめます。数日後、ハガキを受け取った人は、まるでその場にいたように、ワタスゲの穂がなびく空や野、風の匂いや色、音までも感じられたことでしょう。

ところで、ワタスゲほど知名度はありませんが、同属であるカヤツリグサ科ワタスゲ属の「サギスゲ」(鷺菅)も、近年注目を集めています。
外見がよく似ていて、ワタスゲと混同されていることが多いのですが、最大の違いは、花茎の先端につく花穂の数。

ワタスゲは1個ですが、サギスゲは2~5個に分かれます。そのため花後に白い綿毛ができると、数羽のサギの群れが連れ立って飛んでいるように見えます。自生地も本州北部・北海道の湿原については共通していますが、サギスゲの自生地は本州西部にも見られます。

氷河より 吹き来し風は ワタスゲの 群落に来て 光を揺らす――佐藤ヨリ子(さとう・よりこ/1933~)

ワタスゲの花言葉は「揺らぐ想い」。ふわふわとした白い毛が、高原の爽やかな風に吹かれて揺れる姿に、よく似合います。

1933年生まれの歌人・佐藤ヨリ子は北極圏の島、グリーンランドにてワタスゲの群落と出合い、その感激を高らかに詠みました。
ワタスゲは北国の透き通る風の中できらきらと光り、その幻想的な美しさは銀河に浮かぶ星のようにも見えたことでしょう。

さて、日本でワタスゲと出合えるスポットとしては、栃木県日光市の戦場ヶ原、長野県の志賀高原にある田ノ原湿原、福島県、新潟県、群馬県、栃木県の4県にまたがる尾瀬ヶ原、尾瀬沼周辺の湿原などが有名です。
この季節、旅心の高まりに身をゆだねてみてはいかがでしょうか。風に運ばれる綿毛のようにふんわりと、鞄には一葉のハガキだけをしのばせて。

ワタスゲ(綿菅)

学名:Eriophorum vaginatum
英名:Cotton-sedge
カヤツリグサ科ワタスゲ属の高山性多年草。北半球に15種ほど分布。日本では本州の中部地方以北と北海道の高山帯、亜高山帯の湿原に自生。草丈30~60㎝。根茎から花茎をのばし、その先端に多くの小花からなる黄緑色の花穂を1個つける。花期は5~6月。6~8月に長さ2~3㎝の糸状の花被片を伸ばし、白い綿毛をつくる。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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