こんにちは。巫女ライターの紺野うみです。
日本という国の名前は、古くから伝わる『古事記』や『日本書紀』といった神話によれば、たとえば「葦原の中つ国(あしはらのなかつくに)」や「豊蘆原の瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)」など、さまざまな形で表現されてきました。
そういった名称の中のひとつに、特に今の本州を指して「豊の秋津国(ゆたかのあきつくに)」や「大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)」という名前があるのをご存知でしょうか。
「秋津(あきつ)」とは、虫のトンボのことを指しています。
現代では、あまり日本とトンボのイメージが近しいものだという認識が少ないかもしれませんが、実はかつてこの国は「トンボの飛ぶ豊かな国」という意味で「秋津国・秋津洲」と表現されていたのです。
これは『日本書紀』の中で日本の初代天皇である神武天皇が、本州の大和地方に得た拠点の高台から国の形を眺めた際に「2匹のトンボが交尾をしているような形だ」と呟いたことから、本州(後には日本全体)を「秋津島」と呼ぶようになった、という由来が残されています。
また『古事記』によれば、第21代天皇である雄略天皇が腕にとまったアブに刺されそうになった時、それをトンボがパクっと食べてくれたことから、「秋津島」という地名をつけたとも伝えられています。
現実的な面から見ても、トンボは田んぼで害をなす虫たちを食べてくれる「益虫」であったことから、古くから稲の豊作を象徴する田の守り神として大切にされてきました。
それは、稲作の始まった弥生時代に作られた「銅鐸(どうたく)=釣鐘形の青銅器」にトンボの姿が描かれていたことなどからもうかがい知ることができます。
その後もトンボは、鎌倉時代には武士の間で、決して後退することなく俊敏に飛びながら小虫を捕食する姿が戦における勇猛さにも通じるため、縁起の良い「勝虫(かちむし)・勝軍虫(かちいくさむし)」と呼ばれ、文様としても使われるなど好まれていました。
江戸時代には、能の装束や小袖などにあしらわれたり、物の先端(頭)にとまる性質から「人の頭に立てるような人物になるように」という願いを込め、男の子の産着などを彩る柄になったりもしていたようです。
日本の国の名前になるほど、小さな虫でありながらも大切にされ、多くの人に愛される存在であったトンボの姿。
これを、現代の世の中でも、私たちが身近に見たり触れ合ったりできることは、なかなか感慨深いものですよね。
トンボとひとことで言っても、シオカラトンボ・オニヤンマ・ギンヤンマ・アキアカネなどなど……色も大きさもさまざま。
特に、夏から秋にかけての季節を象徴する、子どもたちの人気者でもあります。
見かけると「あっ、トンボだね」と思わずにっこりしてしまう、不思議な生き物。
今年は、皆様もすでにどこかで出合うことができたでしょうか?
もし見かけたら「秋津国」という言葉を思い出しつつ、この虫が日本の名前になるくらい愛されてきたんだなぁ……と歴史を感じてみてはいかがでしょうか。
紺野うみ
巫女ライター・神職見習い
東京出身、東京在住。好きな季節は、春。生き物たちが元気に動き出す、希望の季節。好きなことは、ものを書くこと、神社めぐり、自然散策。専門分野は神社・神道・生き方・心・自己分析に関する執筆活動。平日はライター、休日は巫女として神社で奉職中。
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