こんにちは。俳人の森乃おとです。
大気や光がひときわ冴えわたる寒さの中で、ジャノメエリカ(蛇の目エリカ)が可愛らしいピンク色の鈴に似た花をいっせいに咲かせています。冬から春にかけての色彩の乏しい花壇をサクラのように彩り、まるで一足早く春が訪れたかのように華やかな気持ちに包んでくれます。

日本におけるエリカ属を代表する存在
ジャノメエリカはツツジ科エリカ属の常緑小低木で、原産地は南アフリカのケープ地方。エリカ属は世界中に700種以上ありますが、その大部分がジャノメエリカと同様、南アフリカ原産です。
学名はErica canaliculata(エリカ・カナリクラータ)。属名の「Erica」の由来については、ラテン語で箒(ほうき)を意味する「eric」(エリック)だという説と、ギリシャ語で「砕く」を意味する「ereike」(エレイケ)が基になったという説があります。乾燥してそのまま箒として使用したことと、エリカには胆石を砕く薬効があると考えられていたためです。

ジャノメエリカが日本に渡来したのは大正9(1920)年。南アフリカ産のほかヨーロッパのエリカ属も相次いで移入されましたが、定着したのはほぼジャノメエリカだけ。気候風土が最も適していたのでしょうか、日本におけるエリカ属を代表する存在になりました。
ちなみに種小名の「canaliculata」は、「管状の」という意味で、花の形から生まれたと考えられます。
花の中心から蛇の目玉が飛び出している?
ジャノメエリカは、鉢植えだと高さ20~50㎝。地植えにすると1~4mに達します。花期は11月~4月と長く、細かく分かれた枝の先端に3個ずつ、長さ3~4mmの釣鐘型のピンク色の花を集めてつけます。
葉は長さ2~6mmの針型で、3枚ずつ輪生。葉が小さいので、株全体が花で包まれたような豪奢な雰囲気になります。
ジャノメエリカの最大の特徴は、萼も花冠も4裂し、花の中心から濃い紫色の雄しべの葯(やく)が飛び出していること。その様子を蛇の目玉になぞらえて和名が生まれました。

英名で「Heath(ヒース)」、苛酷さと美しさで郷愁を掻き立てる
700種以上あるエリカ属は、開花期や花色、花形など多くの変化に富んでいます。その中で、ヨーロッパを中心とした地域に分布する耐寒性のある10数種のエリカ属は、英語圏では「Heath(ヒース)」と呼ばれています。
「ヒース」とは元々は、イングランドやアイルランドなどの低地に広がる不毛の「荒野」を指す言葉です。農耕にも牧畜にも向かない荒地に群生する低木植物がまとめてヒースといわれ、その多くがエリカ属の植物であり、砂の飛散を抑える役割を果たしていました。

19世紀に書かれたエミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』をご存じの方は多いでしょう。「世界の三大悲劇」とも称され、その荒々しくも切ない悲恋物語は映画にもなりました。
『嵐が丘』の舞台になったのは、イングランド北部ヨークシャーの荒涼たる大地。裏切られ、愛の復讐に燃える苛烈な主人公の名も、ヒースクリフ=ヒースの断崖(クリフ)です。

またシェークスピアの戯曲『リア王』で、娘たちに追放された王がさまようのもヒースの荒野。同じく『マクベス』ではヒースの茂みの陰で、将軍マクベスが3人の魔女のひそひそ話を聞いてしまい、王殺しをそそのかされて運命を大きく狂わせていくのです。
暗鬱なヒースの荒野は、花が咲く季節になるとこの上もなく幻想的で可憐な姿に変容します。その落差こそが、苛酷な土地に生きる人々の郷愁を激しく掻き立てるのでしょうか。
エリカの花言葉は「孤独」と「寂しさ」。不毛の「荒野」=ヒースからの連想です。
結城哀草果は、山形県出身で東北農村の暮らしを詠み続けた歌人です。1930年の昭和農業恐慌時には「貧しさは きはまりついに 歳(とし)ごろの 娘ことごとく 売られし村あり」と悲嘆する作品を残しました。上掲の歌では、雪の中を売られていくエリカの花を哀れな子どもたちの姿に重ねたのでしょう。

エリカのもう一つの花言葉は「幸運」。小さな花束のように可愛らしく集まって咲く姿から生まれました。鳥海昭子の歌では、一鉢のエリカに人生のささやかな光と幸せを見出しており、胸の中に温かい思いが広がっていくようです。
何も育たないようにみえる不毛の荒野にもエリカは生い茂り、時がくれば夢のように美しい花を咲かせます。やがてくる幸運を信じて、また一人ゆっくりと足をあげ、光射す方へわが道を踏みしめてゆきたいと思います。
ジャノメエリカ(蛇の目エリカ)
学名 Erica canaliculata
英名 Heath
ツツジ科エリカ属の常緑低木。南アフリカ・ケープ地方原産。1920年ごろ日本に渡来。樹高20㎝~4m。花期は11~4月。細かく分岐した枝の先端に、長さ3~4mmほどの釣鐘型の花を3個ずつつける。花色はピンク、白、赤。葯は黒紫色。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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