こんにちは。俳人の森乃おとです。
明るさを増す光の中で、ミツマタの黄色い花が春の訪れを待ちかねたように咲きはじめる季節となりました。分岐した枝先に咲く花は、妖精のように美しく幸福感にあふれています。和紙の原料としても知られ、ミツマタは日本人の暮らしになじみの深い植物の一つです。

ミツマタは、樹高は1~3メートルほどのジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木で、中国中南部・ヒマラヤ地方原産です。
温暖な地を好むため、日本では関東地方以西に分布し、特に中国地方や四国に多く分布します。渡来時期は不明ですが、製紙のために栽植されていたものが各地で野生化したともいわれます。
開花期は2月から4月。葉が出る前に、小花を球状に集めた黄色い頭花を、枝先に多くつけます。花は下向きに咲き、ジンチョウゲと同じように甘い芳香を放ちます。ちなみに小花には花弁はなく、萼(がく)の先端が四つに裂けて花弁のようにみえます。
漢名の「黄瑞香(おうずいこう)」は、ジンチョウゲに似たよい香りの黄色い花が咲くことから。

和名は、新しい枝が必ず「三つ叉(また)」に分かれることに由来します。「椏」の字は木の又を意味し、枝の分岐点を数えるとその樹齢が分かるのだとか。ミツマタは「三枝」「三又」とも書かれます。
ミツマタの花といえば、つい口ずさみたくなる俳句が、上に掲げた高浜虚子の孫にして俳誌『ホトトギス』主宰であった稲畑汀子氏の作品です。
「枝が三つに分かれ、その先に花が三つ咲く」ことから、「三三が九」。新学期なのでしょうか、ミツマタの花の咲き具合を指さし、子どもたちが笑いさざめきながら九九を唱える姿が脳裏に浮かび上がってきます。まさに明るく楽しい春の一句であり、遠い昔の幼き頃の心まで生き生きと呼び起こされるようです。

和紙の三大原料の一つの「紙の木」
ミツマタの最大の特長は、柔軟で強靭な樹皮の繊維が高級和紙や日本紙幣の原料となること。同じジンチョウゲ科のガンピ(雁皮)、クワ科のコウゾ(楮)と並んで和紙の三大原料の一つであり、「カミノキ(紙の木)」とも呼ばれています。
ミツマタが日本に渡来した時期は不明ですが、室町時代あるいは江戸時代には栽培がはじまり、樹皮の繊維が製紙に利用されてきました。ミツマタの名がはじめて文献に登場するのは、徳川家康が将軍となる前の1598年、家康が伊豆修善寺の製紙工にミツマタ使用を許可した黒印状(公文書)です。当時、公用紙を漉くための植物の伐採には特別な許可が必要でした。

和紙とは「日本に古くからある、植物の繊維を原料とした紙」のことですが、特にミツマタで作られた紙はしなやかにして強靭で、表面に光沢があり、一般的なパルプ紙とは違う上品な質感を持つことで知られています。

精巧な印刷にも耐え、透かしが入れ易く、弾力性に富む。こうした利点から、1879(明治12)年から現在に至るまで、ミツマタは紙幣や証券用紙、賞状などに使用され、重宝されてきました。しかし現在では国内生産量が減少し、紙幣の原料となるミツマタの大半が、ネパールなど海外からの輸入です。
ミツマタの花言葉は「強靭」「肉親の絆」「永遠の愛」です。
「強靭」は、和紙や紙幣の原料となる丈夫でしなやかな樹皮に由来。「肉親の絆」は、3本に分枝した枝が、あたかも血の繋がった家族が支えあっている様子に見えることから。また、「永遠の愛」は分かれている枝の根元は必ず1本の枝であり、運命を共にしながら花を咲かせ、成熟してゆく愛を象徴しています。

ミツマタには多くの別名がありますが、その一つが「ムスビギ(結木)」。ミツマタの切れにくい樹皮を生かして山の境界線の目印としたためとも、中国名「結香(ジエシアン)」によるともいわれます。また「サキクサ」とも呼ばれ、これは春の訪れをいち早く伝える「先草」、あるいは吉兆を告げる「幸草」が転じたものだそうです。
さて、奈良時代(710〜794年)末期の『万葉集』には、「三枝(サキクサ)」なる植物を詠んだ柿本人麻呂の歌が収録されています。
歌意は、「春になればまず咲くサキクサ。その言葉のように幸せで無事であれば、またお会いできるでしょう。ですからそんなに恋しがらないでください、愛しい人よ」。
「サキクサ」がなんであるかは諸説ありますが、いち早く春の喜びを清新に香らせるミツマタこそ、未来の幸せを言祝ぐ「サキクサ」にもっともふさわしいのかもしれません。
ミツマタ(三椏)
学名:Edgeworthia chrysantha
英名:Oriental paperbush
ジンチョウゲ科ミツマタ属の落葉低木で、中国中南部・ヒマラヤ地方原産。古く日本に渡来し、各地に栽植される。樹高1~3メートルで、枝がすべて3本に分かれるのが特徴。開花期は早春。葉の出る前に、小花を球状に集めた黄色い頭花を下向きに咲かせる。樹皮の繊維は強く、ガンピ(雁皮)、コウゾ(楮)とともに和紙三大原料の一つとされる。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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