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カイドウ

旬のもの 2025.04.07

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

春爛漫となり、バラ科サクラ属のソメイヨシノが散りはじめる頃、主役交代とばかりに、同じバラ科のカイドウ(海棠)が花を咲かせます。恥じらうようにほんのりと紅に染まった下向きの花姿は清艶であり、古来、美人の代名詞としてボタン(牡丹)と並んで愛されてきました。

野生の小さなリンゴ=クラブアップルの仲間

カイドウはバラ科リンゴ属の落葉低木または小高木で、中国原産。江戸時代に渡来し、観賞用に庭木や公園樹として好んで植えられ、切り花や盆栽としても用いられます。
樹高は4~8mほどで、枝は垂れ下がって広がり、互生する葉は先の尖った楕円形です。花期は4~5月、細長い花柄(かへい)が何本も垂れ下がり、リンゴの花に似た径3~5㎝ほどの半開の5弁花、あるいは八重咲きの花を吊り下げて咲かせます。その姿からスイシカイドウ(垂糸海棠)の名も持ちます。

「カイドウ」の名は、中国名「海棠(ハイタン)」を音読みしたもの。「棠」はヤマナシ(山梨)やズミ(酸実)=コリンゴ(小林檎)を意味します。
実が大きい同属の「ミカイドウ(実海棠)」に対して、美しい花を咲かせることから、かつて「ハナカイドウ(花海棠)」と名付けられましたが、現在では、単にカイドウと呼ぶことが多くなりました。

学名はMalus halliana(マルス・ハリアナ)、属名の「Malus」はラテン語でリンゴの意。野生のリンゴ=クラブアップルの仲間であることから、英名もHall’s crabapple、Flowering crabappleです。ただし、カイドウの花は雄しべが退化しているものが多いため、めったに結実しません。一方、ミカイドウは上向きに花を咲かせ、花後には2㎝ほどの実がなります。黄熟した実は食べられることから、別名はナガサキリンゴ(長崎林檎)。

リンゴ属の仲間は、北半球の温帯に約30種が分布しており、この中から食用として改良されたのがリンゴで、観賞用として育てられた代表種がカイドウだといわれています。

海棠の 精が出てくる 月夜かな――夏目漱石(なつめ・そうせき/1867~1916年)

中国において、カイドウは「花中神仙(かちゅうしんせん)」。つまり花木の中で最も美しい花と讃えられ、詩歌や絵画の題材として好まれてきた歴史があります。

カイドウはツボミの際に赤みが強く、花が開くと淡紅色へと変化し、最後には白くなります。そうした様子が、両頬を紅に染めたほろ酔いの女性を連想させることから、「睡花(スイカ)」「眠りの花」の名も。これは、唐代の絶世の美女である楊貴妃を愛した玄宗皇帝(在位712~756年)が、酔いがさめきらず眠たげな楊貴妃の妖艶な美しさを、「これまさに、海棠(カイドウ)の眠り未だ足らずや」と例えたという故事にならいます。

また日本にも、「海棠の雨に濡れたる風情」という慣用句があります。美しい女性の憂いを帯びたさまに、春の雨にしっとりと濡れそぼつカイドウのイメージを重ね合わせました。
カイドウにはどこか色恋のなまめかしさが漂うもの。掲句は、明治時代を代表する文豪、夏目漱石の作品です。なまめかしい朧月に誘われ、美しき「海棠の精」がさまよい出てくる幻想が詠まれますが、漱石の胸を密かに焦がす女性の面影が宿っていたのかもしれません。

春雨に ぬれて君来し 草の門(かど)よ おもはれ顔の 海棠の夕べ――与謝野晶子(よさの・あきこ/1878~1942年)『みだれ髪』より

カイドウの花言葉は、楊貴妃のエピソードから生まれた「艶麗」「美人の眠り」。そして「温和」などがあります。これは春爛漫の風の中で、ゆったりと咲く様子から。
さて、「春雨に ぬれて君来し」は、情熱的な詩と短歌で知られる明治・大正期の女性歌人の1首です。歌の出典は、晶子の処女作『みだれ髪』(1901年刊)。

この歌集で、当時21歳だった晶子はのちに夫となる与謝野鉄幹(よさの・てっかん)への強い恋情と官能を誇らかに歌い上げ、明治時代の歌壇にセンセーションを巻き起こしました。
歌意は、「春雨に濡れて、あなたは小さな家の門をくぐって私に会いに来てくれた。あなたに愛されていることを知らせてくれるように咲く、カイドウの花の甘い夕べよ」。

“おもはれ顔”とは、恋い慕われている顔つきのことで、薄紅にほんのりと色づく「海棠の花」は、鉄幹を愛する晶子自身のことです。

嫋(たお)やかなカイドウを好んだ晶子は家庭を支え、12人の子を産み育てました。また、「山の動く日来る」と初めての女性誌『青踏』の門出を祝い、あるいは日露戦争に出征した弟に寄せて「君死にたまふことなかれ」と反戦詩を詠むなど、社会の在り方についても熱い眼差しを生涯にわたって注ぎ続けたそうです。愛されるばかりではなく、自らが愛してこそ、“美人”はいよいよ豊麗に咲き誇るものなのでしょう。

カイドウ(海棠)

学名:Malus halliana
英名:Hall’s crabapple、Flowering crabapple

バラ科リンゴ属の落葉低木または小高木で、中国原産。江戸時代に渡来し、ハナカイドウ(花海棠)とも。樹高は4~8mほどで、花期は4~5月。径3~5㎝ほどの半開の5弁花、あるいは八重咲きの花を花柄から吊り下げて咲かせる。別名にスイシカイドウ(垂糸海棠)。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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