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コマドリ

旬のもの 2025.05.25

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

「日本三鳴鳥(にほんさんめいちょう)」という言葉をお聞きになったことはありますか? これは、日本にいる鳥の中でも、特に鳴き声が美しいとされる3種―オオルリ、ウグイス、そしてコマドリを指す言葉です。この言葉は江戸時代からあるそうで、飼い鳥として特に人気があったので選ばれたとか。オオルリについては、以前にこのエッセイで紹介しましたので、今回はそのうちの一種コマドリに焦点を当ててみたいと思います。

さて、そのコマドリですが、全長約14cmとスズメよりも小さい鳥です。丸みのある体に華奢な長い脚を持ち、「可愛らしい」という表現がこれほどぴったりな鳥はいないでしょう。特にオスは、オレンジの体の色がとても美しく、江戸時代に飼い鳥として人気があったのも納得です。ちなみに、メスはオスよりもやや淡い色をしています。なお、現在の日本では野鳥の飼育は法律で禁じられていますので、可愛いからといって飼うことはできません。

メス

コマドリでさらに推したいところは、その繁殖地がほぼ日本だけに限られている点です。ロシアのサハリンにも一部生息しますが、主な繁殖地は北海道から九州の山間部です。冬は中国南東部で過ごし、春になると海を越えて日本へ渡ってきて子育てをします。興味深いことに伊豆諸島にすむコマドリは例外で、渡り習性がなく、一年中、島にいる留鳥なんです。

伊豆諸島のコマドリ

「三鳴鳥」として選ばれるほどのコマドリの美声。オスの囀りは「ヒン、カラカラカラ」と金属的な音色で、驚くほどの声量があります。じつはこの声がコマドリの名前の由来で、馬がいななきを連想させることから名づけられたそうです。「ヒヒーン」という馬のいななきに似ているかどうかは、ちょっと微妙な気がしますが、室町時代にはすでにこの名があり、当時は馬が今よりも身近にいた時代なので納得されていたのでしょう。

コマドリの名前についてはもう一つ、面白いエピソードがあります。それは学名取り違い事件です。地球上の生きものには、世界共通の学名がつけられていて、コマドリにはLarvivora akahige(ラルビボラ アカヒゲ)という学名がついています。一方、奄美大島などに生息するアカヒゲという別の鳥にはLarvivora komadori(ラルビボラ コマドリ)という学名がつけられています。つまり学名があべこべになっているのです。どうしてこんなことになってしまったのか。それは江戸時代に日本に滞在したオランダ人医師のシーボルトが持ち帰った標本をもとに、生物学者のテミンクが1835年に学名をつけた際にどうも取り違えちゃったらしいのです。学名は1度つけられたら原則変更ができないルールなので、現在もそのままになっているというわけです。

アカヒゲ 写真提供:柴田佳秀

そんな可愛くも面白い鳥のコマドリ。一度は実際に見てみたいと思いませんか? しかし、それを実現するにはちょっとがんばらなければなりません。というのも、山登りをする必要があるからです。この鳥が子育てをするのは、本州では標高1500m以上の山。亜高山帯と呼ばれる林床が苔むしている針葉樹の森が彼らのすみかなのです。

コマドリが棲む森 写真提供:柴田佳秀

5月下旬の今頃が観察のベストシーズン。涼しい風が吹く針葉樹の森を歩いていると、あちこちで「ヒンカラカラカラ」という美しい囀りが聞こえてくるはずです。ただし、鳴き声が聞こえても姿を見るのは簡単ではありません。なかなか目立つ場所に出てくれないからです。それでも根気強く観察していると、ときおり倒木の上などに姿を現し、囀ってくれることもあります。薄暗い森の中で、オレンジ色に輝くコマドリの姿を見つけた瞬間は、きっと忘れられない思い出になることでしょう。

そうそう、最後に少し朗報を。実は北海道ならば平地でも針葉樹の森が広がっているので、山登りしなくてもコマドリに出会えます。なかでも利尻島はコマドリが多く生息していることで有名。どうしても出会ってみたい方には、とてもお勧めの場所です。

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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