今日の読み物

お買い物

読み物

特集

カート内の商品数:
0
お支払金額合計:
0円(税込)

ライラック

旬のもの 2025.05.28

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

こんにちは。俳人の森乃おとです。

北海道や東北地方ではライラックが咲き誇り、甘く優しい香りを放つ季節となりました。北国に春の終わりと初夏を告げる花木であり、別名に「リラ」。本州には桜の時期の「花冷え」があるように、北海道ではライラックが咲く頃の寒の戻りを、「リラ冷え」と呼びます。

ライラックは「四大フローラル」の一つ

ライラックは、モクセイ科ハシドイ属の落葉低木または小高木で、ヨーロッパ南部原産。欧米の人々にとってはなじみ深く、とても愛されている花木の一つです。
フランスの首都パリでは、トチノキ科のマロニエと並ぶ代表的な街路樹であり、「リラ」はフランス語名。美しい花は芳香を持ち、香料の世界において、三大香花のバラ・ジャスミン・スズランに加えられ、「四大フローラル」とも呼ばれています。

冷涼な気候を好むことから、日本では関東以北、とくに北海道では庭木や公園樹、街路樹として広く植栽され、札幌市のシンボルツリー「札幌の木」にも認定されています。
樹高は4~8mで、葉は対生し、先の尖ったハート形をしています。花期は4~6月。枝先の葉の付け根から長さ10〜20cmの円錐花序(多数の花柄が三角錐状に集まる)を直立させ、よい香りがする淡い紫色の小花を集めて多く咲かせます。

花はモクセイ科特有の、先が4裂した径5~8mmの十字型に広がる長さ1㎝ほどの筒状花。基本の色は紫ですが白や青、紅色などの花を咲かせる品種もあります。
学名は「Syringa vulgaris(シリンガ・ブルガリス)」。属名のシリンガは笛やパイプを意味するギリシア語”syrinx”に由来します。古代ギリシアでは、ライラックの枝の髄部をくりぬいて笛を作り、羊飼いたちが吹き鳴らしていたのだとか。

日本には明治時代に渡来し、和名はムラサキハシドイ(紫丁香花)。由来は、日本自生種で白い花を咲かせるハシドイの仲間であり、紫色の花を咲かせることから。「ハシドイ」の名は、枝先に集まって花が咲く様子からの「端集い(ハシツドイ)」が訛ったものです。

リラ冷えや 睡眠剤は まだ効きて――榛谷美枝子(はんがい・みえこ/1916~2013年)

春の訪れの遅い北海道では、ライラックは5月中旬から6月上旬にかけて開花期を迎えます、その時期には夏日が続いたかと思うと、雪がちらつくほど冷え込む日が急に来ることもあります。その現象を「リラ冷え」と呼び、北海道特有の気象用語です。
「リラ冷え」という言葉は、札幌在住の俳人榛谷美枝子氏が1960年代、俳句の中で季語として使ったことがはじまりといわれます。

その後、掲句が札幌出身の作家・渡辺淳一の目にとまり、小説『リラ冷えの街』(1971年)でタイトルに引用したことがきっかけとなり、「リラ冷え」という新しい季語は広く定着。現在では、5月の北海道を象徴する美しい言葉の一つとなりました。

さて、ライラックが日本に初めて渡来したのは1879年のこと。当時、北海道函館市のイギリス領事だったリチャード・ユースデンの提案で、市民の憩いの場として函館公園が完成。その際、ユースデン夫人は、イギリスから取り寄せたセイヨウクルミ(西洋胡桃)とライラックの苗を公園に植栽したのだそうです。

一方、札幌市のライラックは1890年、教育者サラ・C・スミスが故郷アメリカからライラックの苗を携えて帰ってきたことが始まり。北海道大学植物園内には、スミスから株分けされたとされる札幌最古の木が、現在も植えられています。

リラの花 卓(つくゑ)のうへに 匂ふさへ 五月(さつき)はかなし 汝(なれ)に会はずして――木俣修(きまた・おさむ/1906~1983年)

ライラックの花言葉は「愛の芽生え」「初恋の香り」「青春の思い出」など。
フランスには「リラの花咲く頃」という言葉があります。ライラックの香りに包まれた、一年でもっとも気候のよい美しい季節を指し、まさに愛や初恋、青春そのものなのでしょう。花言葉は、そのイメージから生まれました。

昭和期の著名な歌人・国学者の木俣修の短歌の意は「テーブルの上のリラの花が香っているのに、あなたに会えない五月は悲しい」。
五月は恋と青春の季節であればこそ、ライラックの香りは愛しい人の面影をいやがおうでも呼び起こし、その不在にひときわ胸がかきむしられるのでしょう。

さて、ライラックの花の切れ込みは通常4つなのですが、まれに一つ切れ込みが多く、星の形をした5弁花のような花と出合うことがあります。それは「ラッキー・ライラック」「ハッピー・ライラック」と呼ばれ、誰にも言わず黙って飲み込むと愛する人と永遠に結ばれる、幸せが訪れるといわれています。みなさまもライラックを見かけたら、ぜひ静かにそうっと星形の小さな花を探してくださいね。

ライラック

学名:Syringa vulgaris
英名:Lilac
モクセイ科ハシドイ属の落葉低木または小高木。ヨーロッパ南部原産で、フランス語名は「リラ」。樹高4~8mで、葉は先の尖ったハート形。花期は4~6月。よい香りがする淡い紫色の小花を集めて多く咲かせる。北海道に多く植栽され、札幌市のシンボルツリー。

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

記事一覧