こんにちは。俳人の森乃おとです。
立秋を過ぎて旧暦のお盆が近づく頃、田畑のあぜ道や小川の岸辺などで、ミソハギ(禊萩)の花が最盛期を迎えます。厳しい残暑の中で、赤紫の花をつけた長い穂を風に揺らす姿は涼しげで、古くからお盆の供花として親しまれてきました。
禊(みそぎ)の儀式に使うハギに似た花
ミソハギは、名前にこそ「ハギ」がつきますが、秋の七草に数えられるマメ科のハギ(萩)とはまったく別の植物で、ミソハギ科ミソハギ属の多年草。仲間には、真夏に花を咲かせるサルスベリ(百日紅)があります。日本では北海道から九州まで、朝鮮半島、中国北部に分布し、里山の日当たりのよい湿地や水辺に生育します。
名前の由来には諸説あり、花がハギに似て、禊の儀式に使われることから「ミソギハギ」。あるいは湿った地を好むので「ミゾハギ(溝萩)」など。お盆にこの花を用いる地域では、「ボンバナ(盆花)」「ショウリョウバナ(精霊花)」とも呼ばれます。
草丈は50〜100cmほどになり、細い地下茎から茎が垂直に何本も立ち上がります。茎の断面は四角形で、上部がよく分岐します。葉は細長く先端が尖り、いずれも十字に対生。茎葉には毛がなく滑らかです。よく似た近縁種のエゾミソハギには、全体に短毛が生えています。
花期は6~9月と長く、すっと伸びた茎の先に赤紫色の6弁花が穂状につき、下から上へと咲きのぼります。長さ6〜7mmの花にはフリルのようにしわがより、清楚で可憐です。
学名はLythrum anceps (リスラム・アンセプス)で、属名のLythrumはギリシャ語で「黒い血」を意味し、赤い花色に由来。群生して一帯を濃いマゼンダピンクに染め上げていくため、よく目立ちます。
盆花(ぼんばな)を代表する花
盆花(ぼんばな)とは、祖霊を迎えるための精霊棚(盆棚)に供える花のこと。古来、お盆の前の12日から13日の朝にかけて、野や山に行き、色鮮やかで美しく、開花期間が長いものを摘み取り、仏前に飾りました。
盆花は土地柄によってさまざまで、ミソハギやキキョウ(桔梗)、ハギ(萩)、オミナエシ(女郎花)、ユリ(百合)などが挙げられます。その中でもミソハギは、華やかでありながら素朴で控えめな風情があり、盆花を代表するにふさわしい花といえるでしょう。
ミソハギの別名は「ミズカケバナ(水掛花)」。地域差はありますが、精霊棚には「水の子」(ナスやキュウリと洗い米を混ぜた供物)を飾り、その横にミソハギの束を置いた清浄な「閼伽水(あかみず)」が供えられます。手を合わせる際には、花穂に閼伽水を含ませて振り、「水の子」に雫を落として清めます。ミソハギには咽喉の渇きを癒す力があるとされ、ご先祖様はこの花の露しか口にされないともいわれます。お盆の迎え火をたく前に、ミソハギで周囲に水をまき、お祓いをする風習も各地で広く見られます。
若山牧水は、明治から昭和初期にかけて活躍した国民的歌人。随筆集『秋草と虫の音』の中で、上に掲げた歌とともに、ミソハギについて次のように語っています。
「精霊蜻蛉」とはウスバキトンボ(薄羽黄蜻蛉)のことで、「盆とんぼ」とも。ご先祖様の魂を運んで来る使いとされ、決して殺生してはいけないとの言い伝えもあります。ミソハギの花は、トンボになって帰ってくる祖霊に守られた、懐かしい故郷の象徴なのでしょう。
ミソハギは繁殖力が強く、かつては普通に見られる植物でした。近年は環境変化による湿地の減少により、群れ咲く姿を目にする機会も少なくなっています。
ミソハギの花言葉は、「切ないほどの愛」「愛の悲しみ」「慈悲」など。いずれも盆花として供えられることに由来し、故人を偲ぶ想いから生まれました。
小林一茶は江戸時代後期に活躍した俳人。農家の長男として生まれ、庶民の生活を身近な言葉で表現した作風で知られています。一茶が掲句を詠んだのは、亡き妻の新盆のことでした。
ミソハギの聖なる水を媒介として、愛する妻は透き通る風となって一茶のところに戻ってきてくれたのでしょうか。故人を悼む哀切な愛情が伝わってくる、美しい一句です。
ミソハギ(禊萩)
学名 Lythrum anceps
英名 Loosestrife
ミソハギ科ミソハギ属の多年草。日本では北海道から九州まで、朝鮮半島、中国北部に分布し、山野の日当たりのよい湿地や水辺に生育。花期は6~9月、直立した茎の先に赤紫色の6弁花を穂状につける。全草を天日に干したものが生薬の「千屈菜(せんくつさい)」。お盆の供花として用いられ、別名に「ボンバナ(盆花)」「ショウリョウバナ(精霊花)」など。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
