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エリグロアジサシ

旬のもの 2025.08.25

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

30年前の夏、初めて沖縄県の西表島を訪れた時のこと。亜熱帯の島ならではの生き物たちに、私の心は毎日が興奮の連続でした。ただ、昼間の暑さはさすがに厳しくて、生き物の観察も一苦労。そんな時、海を眺めながら涼んでいたカフェで、偶然目にしたのは数羽の白い鳥たち。それがエリグロアジサシだったのです。

エリグロアジサシは、全長およそ30cmのカモメ科の海鳥です。全身はほぼ真っ白ですが、人で言う襟足にあたる後頭部が黒いことから、この名がつけられました。目もとは黒いラインがきゅっと入り、どこかきりりとした、精かんな顔立ちをしています。細長い翼をはばたかせて軽やかに舞う姿はとても優雅で、なんとも爽やかな印象の鳥です。

「アジサシ」という名がつく鳥は、世界に50種ほど知られています。たとえば、北極から南極まで毎年往復する驚異の渡り鳥・キョクアジサシや、日本の海岸や川辺で子育てをする夏鳥のコアジサシなど、その暮らしぶりは多彩です。ただし、どの種にも共通しているのは、魚やカニといった水辺の生きものが主な食べものであること。そのため、どのアジサシも水辺から離れて暮らすことはありません。エリグロアジサシの獲物も小魚で、海の上を飛び回り、獲物を見つけるとホバリングして狙いを定め、真っ逆さまに飛び込んで魚を捕らえます。

エリグロアジサシは、インド洋から西太平洋にかけての地域に分布する、まさに典型的な“トロピカル・バード”。日本は分布の北限にあたり、奄美や沖縄、宮古、八重山といった南西諸島の島々で見られます。これらの島々の海岸にある小島や磯にとまっていたり、その周囲を飛び交ったりする姿がよく観察されます。

青い海、白い砂浜、そして強い日差し。そのまぶしい風景の中で、白く輝くエリグロアジサシの姿ほど、南国の空気を感じさせる鳥は、ほかにいないのではないか——私はそう思っています。だから、夏が旬の鳥といえば、まず思い浮かぶのが、このエリグロアジサシなのです。

エリグロアジサシが日本に姿を見せるのは、八重山諸島では5月中旬ごろ。海岸から少し離れた小島や磯のくぼみに巣を作り、数羽から多くても30羽ほどの小さな集団で子育てをします。こうした場所は人がほとんど近づかないうえに、ネコやヘビといった天敵も入り込めないため、安心して繁殖できるのでしょう。

6月中旬になると、ようやく産卵が始まります。卵の数はふつう1〜2個ですが、まれに3個産むこともあります。夫婦が交代で卵をあたため、約24日後にはヒナがかえります。そして、数週間のうちに飛べるようになり、9月、遅くとも10月には親子そろって越冬地へと旅立っていきます。

一昨年の8月、私は久しぶりに西表島を訪ねました。30年前と同じようにビーチに出て、エリグロアジサシの姿を探しましたが、見られたのはほんのわずか。しかも、遠くを飛ぶ姿を確認できた程度でした。調べてみると、日本のエリグロアジサシは数を減らしており、環境省の絶滅危惧種に指定されるほどになっていることがわかりました。その原因としては、季節外れの台風などの異常気象や、海でのレジャーによって人が繁殖地に近づくことなどが指摘されています。

これほど南の海に似合う鳥は、他にいないのではないでしょうか。その姿が消えてしまうなんて、あまりにも悲しすぎます。いつまでも、この素敵な鳥が見られる沖縄であってほしい——そう願わずにはいられません。

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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