今日のお話は「菱(ひし)」です。
菱は一年草の水草です。
春になると茎が伸びて、三角形の葉が水面に浮かびます。夏に白い花が咲き、秋に実(種子)が膨らみます。やがて実が水面に落ちて冬を越し、翌春に新芽が出ます。
菱の実は秋から晩秋にかけて収穫されます。昔から日本各地の湖、池、沼などで自生していたことから、秋の味覚だったそうです。栗の味に似ていることから、英語でWater chestnutと言います。
菱の実の料理は、菱の実ご飯、天ぷら、炒め物などがあります。塩茹でで食べるとホクホクした食感と優しい甘さを味わえます。
塩茹でにするにはまず、菱の実を水に2時間から一晩浸します。水と塩(水の重量の3%)を入れた鍋で水から茹でます。沸騰してから30分茹でた後、水にさらします。熱さを感じなくなるまで冷ましてから、皮を剥いて中の白い実を食べます。水にさらす時間が長くなると皮が硬くなることがあり、剥きにくくなるので少し注意が必要です。
私は菱の実の塩茹でを作ったことがありますが、福岡県出身の母は懐かしいと喜んでいました。
子供の頃、母の兄がよく採ってきておやつに食べたそうです。
父の友人も子供の頃に堀でよく採ったと教えてくれました。それは黒色のオニビシで、トゲがついている形だったようです。戦後で食糧が不足していた70年前は、救荒食だったことに思いを馳せました。
今は菱の実を食べる習慣や収穫が減り、菱の実を知らない方が多くなりました。
私もその1人で、初めて見たのは働いていた市場でした。赤茶色で、2つに分かれたトゲが耳のようで、何かの生き物の顔のように見えて驚きました。田んぼの畦道を歩いている猫の上で、菱の実がコウモリのように飛んでいる夢を見たほど、独特な形に衝撃を受けました。
この菱の実は、福岡県の筑後平野地域の水田で栽培されたトウビシという種類です。希少な菱の実で売れ行きの良い野菜でした。
他の産地では福島県の猪苗代湖、山形県の大山上池、佐賀県の佐賀平野地域などがあります。佐賀平野には「クリーク」と呼ばれる堀が広がっています。田畑に水を引く水路やため池を作る水源を作るために作られました。また水源だけでなく城を守る堀や物資や人を運ぶ水路としても利用されていました。この「クリーク」でワビシという緑色の菱の実を栽培しています。大きなタライのような「ハンギー」に乗って収穫する様子は、訪れた観光客も見学することができるそうです。
各産地では、菱茶、菱の実パウダー、菱の実菓子など加工食品に取り組んでいてネットで販売されています。
最後に菱にまつわる話をご紹介します。忍者は菱の実を乾燥させた「撒菱(まきびし)」を作り、逃げる時に追手の足元に撒いて妨げる道具にしたそうです。
また、ひな祭りの「菱餅」の名前は、元々菱の実を挽いた粉を入れて作られてきたことにちなんで付けられた説があります。
「菱餅」の季語は春、「菱の実」の季語は晩秋です。

川口屋薫
料理人
Le btagev(ルブタジベ)代表。大阪出身。料理人。珍しいやさいの定期便をしています。風薫る季節5月が過ごしやすくて一番好きです。イタリア在住中、ヨーロッパ野菜に恋し、日本の野菜が恋しくなったのをきっかけに野菜に関わる仕事をしています。 趣味 囲碁
