こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
1月の水田は、土がからからに乾ききっていて、一見すると生きものの気配がまったくない世界のように見えます。ところが実際にはそんなことはなく、冬には冬ならではの鳥たちが静かに暮らしています。なかでも、“土水路”と呼ばれるコンクリートで固められていない昔ながらの用水路にはさまざま生きものが見られ、今回紹介するタシギもこうした土水路でよく見られる鳥の一つです。
タシギは全長27cmのシギ科の鳥です。ユーラシア大陸の広い範囲に分布しており、北海道では旅鳥として、そのほかの地域では冬鳥として見ることができます。水田で観察されることが多いことから「タシギ」という名がつきましたが、実際には川や沼などの湿地でも出会うことができる鳥です。
この鳥の最大の特徴といえば、やはりまっすぐに伸びた長いくちばしでしょう。その長さはおよそ7cmで、全長の約4分の1にもなります。このくちばしを土の中に差し込み、ミミズなどの小さな生きものを探して捕らえます。土の中の見えない獲物を正確にとらえる様子は、何度見ても感心してしまいますが、じつはこれには秘密があります。
タシギのくちばしの先端には、非常に敏感な神経が集まっていて、土の中で何かに触れただけでも、それが獲物かどうかを感じ取ることができる仕組みになっているのです。ちょうど私たちが指先の感覚で物の形や質感を確かめるように、くちばしは「指」のような役割を果たしています。さらに、くちばしは先端部分だけを動かすことができ、マジックハンドのように開いて獲物をつかむことができます。この巧みなくちばしのおかげで、タシギは湿った土の中にいる小さな生きものを効率よくとることができるのです。
もう一つ、タシギを見ていて感心してしまうのが、その「隠れる力」です。写真を見てもらえれば一目瞭然ですが、体の色や模様が枯れ草とそっくりで、これが抜群のカモフラージュ効果を発揮します。じっと動かずにいられると、本当に「どこにいるの?」という状態になります。
「このへんにタシギがいそうだな」と思いながら、田んぼの道を静かに歩いていると、不意に足元から「ジェジェッ」と声をあげて飛び立たれ、心臓のほうが先に飛び上がることが何度あったことでしょう。見つけたつもりで、実は見つけられていたのは、どうやらこちらのほうでした。
そんな隠れ上手なタシギには、次のようなおもしろい話があります。
狙撃の名手を「スナイパー」と言いますね。じつはこれ、今回のタシギに由来する言葉というのをご存知でしょうか。タシギの英名はSnipe(スナイプ)と言い、かつてイギリスでは、この鳥を撃つ名人をスナイパーと呼んだのだそうです。前述したようにタシギは隠れ名人で、しかも油断をしていると突然飛び出します。あの動きを相手にするとなると、撃つ側には相当な腕前が求められたはずです。そのため、タシギを撃ち落とせる人は「腕の良い射手」と見なされ、やがてスナイパーという言葉は、「狙撃兵」や「銃の名手」を意味する一般的な言葉として定着した、という説があるのです。
私は銃を撃ったことはありませんが、とっさに飛び立つタシギをカメラで撮影するのは“至難の業”ということは身に染みて感じています。そう考えると、昔の銃の性能で、突然飛び出すタシギを撃ち落とすには、ほとんど神業的な技量が必要だったのではと確かに思えてきます。
もっとも最近はカメラの性能がずいぶんと良くなりました。そのおかげで、私の場合はスナイパーの腕前がなくても、運と連写に助けられて、飛んでいるタシギの写真が撮れるようになっています。時代の進歩には、つくづく感謝するばかりです。
写真提供:柴田佳秀

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
