こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
ここ数年、私にはお正月には欠かせない恒例行事があります。それは、どこか一日を選んで日の出から日没まで本気でするバードウォッチング。いくつもの探鳥地をはしごしながら、1日で何種の鳥に出会えるか競技のようなもので、じつにエキサイティングで本当に楽しいバードウォッチングなのです。
そして、その一日は茨城の海岸からスタートすることに決めています。なぜなら、そこにはほぼ間違いなく、今回ご紹介するシノリガモが待っていてくれるからです。期待通りにその美しい姿を見た瞬間から、今日は頑張るぞ!とファイトがみなぎります。
さて、そのシノリガモは全長43cmの水鳥です。おそらく、ほとんどの方は名前すら聞いたことがない、超がつくほどマイナーな鳥でしょう。では、なぜこれほど知名度が低いのか。それは真冬の海に行かないと出会えないことが一番の理由だと思うのです。しかも、分布の中心は北日本の寒さが身にしみるような海なので、とくに鳥に興味がない人が出会う機会はほぼないでしょう。
カモと聞くと、湖や池などの淡水にすむ鳥というイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。ところが、カモの仲間には、主な生活の場所を海に求める種類もいて、そうした鳥たちは「海ガモ」と呼ばれます。シノリガモは、そんな海ガモのひとつで、世界的には太平洋北部の沿岸とアメリカ東海岸に分布しています。日本では、主に北日本の海岸に冬鳥として渡来し、とくに北海道や東北の岩礁が発達したいわゆる“磯”の海岸でよく見られます。磯には、シノリガモの主な食べものであるカニや海藻がいるので、それを狙って棲み着いているというわけです。また、北海道と東北の渓流では、少数が繁殖していることも知られています。
写真を見ていただければわかるように、この鳥のオスは、思わず息をのむほど美しい色彩をまとっています。基調となるのは深い群青色。そこに脇腹や頭の一部を染める赤茶色が重なり、さらに筆で描いたような純白の線模様が随所に入ります。群青は冬の海を、赤茶色は朝焼けの太陽を、白い線は波しぶきを思わせ、その取り合わせは、冬の海の一瞬の情景をそのまま一羽の鳥に写し取ったかのようです。
一方、メスは全体に黒褐色で、顔に白斑があるだけの落ち着いた装いです。ただ、その目の後ろにある白い丸が、ワイヤレスヘッドホンをつけているようにも見えて、地味ながらどこかユーモラスで、印象に残る顔つきの鳥だと感じます。
ところで、シノリガモの「シノリ」とは、いったい何を意味するのでしょうか。いろいろ調べてみたのですが、はっきりした答えにはたどり着けませんでした。おそらく日本の鳥の名前の中でも、最も謎めいたものの一つではないかと思います。
シノリガモは漢字で「晨鴨」と書きます。「晨」には夜明けや朝という意味があり、オスのあの美しい色彩を、早朝の海に見立てて名づけられたのではないかと想像することもできます。また「晨」には星という意味もあるそうで、夜空のような濃紺の地色に散る白斑を星座になぞらえたという説もあります。どちらもいかにもそれらしく、思わずうなずきたくなる解釈です。
しかし、「晨」を「シノリ」と読むことはないそうで、なぜこの漢字が当てられたのか、その理由はいまもよくわかっていないのです。なお、シノリガモという呼び名が使われるようになったのは江戸時代後期からで、それ以前には「をきのけんちょう」と呼ばれていたそうです。そう考えると、「シノリガモ」という名前自体、じつはそれほど古いものではないのかもしれません。
ちなみにシノリガモは、英名では Harlequin Duck と呼ばれます。直訳すれば「道化師のカモ」。あのカラフルな色彩からピエロを連想したというのですから、その発想の違いが実に興味深いところです。同じ鳥を見ていても、西洋と東洋では、抱くイメージがここまで異なる。そんなことを考えるのも、鳥の名前をたどる楽しみの一つだと私は思います。
写真提供:柴田佳秀

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
