土の中からそっと顔を出す筍は、日本の春を象徴する食材のひとつです。やわらかな芽吹き、土のぬくもり、わずかな苦み−−そのひと口に、季節の訪れがそのまま宿っているよう。
現在広く食用とされているのは、中国原産の孟宗竹の筍。柔らかくえぐみが少ない特性から日本各地で親しまれ、春の到来を告げる食材として食卓に欠かせない存在となっています。
孟宗竹の伝来と広がり
「孟宗竹」の名は、三国時代の呉の人物・孟宗の逸話に由来します。病に伏せる母のために冬の竹林へ筍を探しに行ったという親孝行の故事が、そのままこの竹の名として刻まれました。
日本への渡来については複数の説が残っています。江戸時代の1736(元文元)年に薩摩藩主・島津家が中国からもたらしたという説と、1728(享保13)年に京都・海印寺の院主が黄檗山管長を通じて入手したという説があり、伝来の詳細は今なお定まっていません。いずれにせよ、それ以前から自生していた真竹や淡竹と比べ、孟宗竹の食味の良さは際立っており、特に西日本の温暖な地域を中心に広まって、現在の筍文化の礎を形成しました。
筍は「掘りたてが命」といわれるほど鮮度が重要です。えぐみの成分であるシュウ酸は時間とともに増すため、産地では朝掘りのものをその日のうちに調理する習慣が根付いています。この鮮度へのこだわりが、日本独自の繊細な筍料理を育んできたのです。
春の恵みを味わう
関西では三月下旬から四月にかけてが最盛期です。桜の便りと重なるこの時期、筍はまさに「春を食べる」食材として食卓にのぼります。
京都産の「京たけのこ」は、冬に土入れをして地下茎を保護しながら育てられ、色白で柔らかく、えぐみが少ないことで知られます。その代表的な料理が「若竹煮」です。筍・ワカメ・木の芽という里・海・山、三つの春を一椀に映し出したこの料理は、旬を味わう日本料理を象徴する一皿といえるでしょう。
北限の筍−−山形の孟宗汁
一方で寒さに弱い孟宗竹の生育域には北限があり、日本海側では山形県鶴岡市がその北端とされています。庄内への伝来には諸説ありますが、修験者が北前船で京から孟宗を持ち込み、寺社に植えたのが始まりという説が伝わっています。藩政時代は許可なく採ることを禁じられるほど珍重され、一般に広まったのは明治以降のことといいます。
この地で春の風物詩となったのが「孟宗汁」です。筍に厚揚げ・椎茸・豚肉などを加え、味噌と酒粕で仕立てた滋味深い汁物で、酒粕のやさしい甘みが筍の風味を引き立てます。直木賞作家・藤沢周平が「毎年五月になると思い出す季節の味」と語ったこの一椀には、北国の遅い春をようやく迎えた人々の安堵と喜びが、静かに染み込んでいるようです。
春のわずかな期間にしか味わえない筍。その一口には、土のぬくもりと季節の移ろい、そして各地に積み重ねられてきた食文化の記憶が、静かに詰まっています。

清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
