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ヒナゲシ

旬のもの 2026.04.03

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

ヒナゲシ(雛罌粟、雛芥子)は、深紅の花を咲かせて、初夏の訪れを告げてくれます。栽培の歴史は古く、古代、エジプトでは花飾りに使われ、ギリシアでは煎じて薬用とされました。欧州においてはよく見られる野の花であり、田園を彩る郷愁の花の一つとされています。

麦畑のありふれた可憐な「雑草」

ヒナゲシは、ヨーロッパ中南部~西アジアに分布するケシ科ケシ属の一年草です。日本に渡来したのは江戸時代の前期。和名は、ケシ科の植物の中では花が小さく、可愛らしいことから名付けられました。

草丈は30~60㎝で葉や茎に粗い毛があり、葉は互生し、羽状に不規則に裂けます。花期は5~6月、分枝した茎の頂部に径6~9㎝の4弁花を上向きに咲かせます。花弁は薄くてしわが寄り、和紙のような質感が特徴。花弁の基部には黒い斑点が入ります。
野生種の花色は深く鮮やかな緋色ですが、現在では改良が進み、オレンジ、黄、白など豊富。園芸種はイギリスのコーンウォール州シャーレーで育成されたことにちなみ、シャーレー・ポピー(Shirley poppy)とも呼ばれます。

学名はPapaver rhoeas(パパヴェル・ロエアス)で、属名のPapaverはラテン語「papa(粥)」が語源。催眠作用のあるケシの乳汁をお粥に混ぜて、子どもを寝かしつけたことから。種小名のrhoeasは、古代ギリシア語で「ザクロ(石榴)」。花色が似ていることに由来します。ヨーロッパではありふれた雑草であり、青い花のキク科のヤグルマギク(矢車菊)と一緒に麦などの穀物畑によく生えています。そのため英名はコーン・ポピー(Corn poppy)です。

フランスの野に咲く火色のコクリコ

ヒナゲシはフランスやポーランドの国花としても知られ、フランス語名は「コクリコ(Coquelicot)」。コクリコといえば、有名な短歌を思い浮かべる人も多いことでしょう。
1912(明治45)年5月、歌人・与謝野晶子(よさの・あきこ/1878~1942年)は、夫の鉄幹を追ってフランスに渡りました。そして地平線まで続くかのように咲き乱れるヒナゲシの群生を目にして感激します。

ああ阜月(さつき) 仏蘭西(ふらんす)の野は 火の色す 君も雛罌粟(こくりこ) われも雛罌粟

「ああ麗しの5月。愛しいあなたは、フランスの野に真っ赤に燃える情熱的なコクリコのよう。もちろんそうよ、私もコクリコなの」――。夫と自身を炎のように赤いヒゲナシの花に重ね合わせ、二人の愛を高らかに歌い上げる、晶子らしい一首です。

美人の流した鮮血の色の花

明治時代を代表する文豪・夏目漱石の小説には、勝気な美貌のヒロインが登場する『虞美人草(ぐびじんそう)』(1907年)があります。「虞美人草」とはヒナゲシの別名。今から約2230年前、秦~前漢の時代のこと、楚の国の項羽(こうう/紀元前232年~同202年)の愛妾、虞姫(ぐき)に由来します。

虞はとても聡明で美しく、項羽から非常に愛され、また虞も項羽を愛し、危険な戦場でも常に一緒にいて、片時も離れることがありませんでした。
項羽はライバルの劉邦(りゅうほう/紀元前247年 ~同195年)と競いながら秦の始皇帝を打倒し、「覇王(はおう)」と称しました。

しかし劉邦との覇権争いに敗れ、陣営を漢軍に包囲されてしまいます。四面から聞こえてくるのは、なんと故郷楚の国の歌。項羽は「楚の兵士がこんなにも多く漢側に寝返ってしまったのか」と嘆きます。この故事から「四面楚歌」の成語が生まれました。

敗北を悟った項羽は酒宴を設け、愛馬の騅(すい)と虞の行く末を案じて辞世の詩を詠みます。「騅の行かざるをいかんすべき/虞や虞や 汝をいかんせん」――。虞はその歌に唱和しながら剣を抜いて舞い踊り、その剣で自ら命を絶ったのでした。虞を埋葬した墓からは、鮮血の色をした花が咲き、「虞美人草」と呼ばれるようになったと伝えられています。

花言葉は「別れの悲しみ」「いたわり・慰め」

「別れの悲しみ」は、項羽と虞美人の哀切な別離から生まれました。「いたわり・慰め」は、民間療法で、乾燥した花を煎じて砂糖を加え、風邪などに用いることからともいわれます。同科同属のケシとは違い、もちろん麻薬成分は含まれていません。
さてヒナゲシを詠んだ俳句では、次の一句がよく知られています。

虞美人草 只いちにんを 愛し抜く ――伊丹三樹彦(いたみ・みきひこ/1920~2019年)

ヒナゲシは、華奢で可憐な見た目に反して、繁殖力旺盛で畑や道端などに自生するたくましき植物です。虞は最期まで、泣き伏すことも取り乱すこともなく、項羽への愛を貫き通しました。ヒナゲシは、儚げでありながら深く強い情を持った女性たちを象徴する花なのです。

ヒナゲシ(雛罌粟、雛芥子)

学名:Papaver rhoeas
英名:Corn poppy

ヨーロッパ中南部~西アジアに分布するケシ科ケシ属の一年草。花期は5~6月、分枝した茎の頂部に径6~9㎝の4弁花を上向きに咲かせる。花弁は薄くてしわが寄り、和紙のような質感が特徴。花弁の基部には黒い斑点が入る。別名に「グビジンソウ(虞美人草)」。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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