一週間に一度、お便りをお届けいたします
暦生活編集部がつれづれと綴るお便りを、一週間に一度お届けいたします。
まったりひと休みする気持ちで、のんびり読んでいただけますと嬉しいです。
6月4日(木) 芍薬の季節
芍薬を一輪買いました。
土曜日にお散歩がてら、いつもは行かない街まで少し足を伸ばしたら、お花屋さんの表に置かれたバケツに、蕾の芍薬が生けてありました。ほんのり薄紅色でやさしげな花びらが可憐で、控えめな様子がいじらしくなり、つい連れて帰ることに。
早く花瓶に挿さなくてはと気が急いて、地下鉄に乗りながら、まだまだ蕾で、こんなにぎゅっと縮こまっているのに、ほんとうに咲くのだろうかと不安を覚えていました。
お家に着いて包みを解いて、近くでまじまじ見てみてみると、花びらの色の柔らかいこと、葉の端正なこと、茎のまっすぐなこと、この子はすくすく育ってきたのだと、微笑ましくなります。
ふと目を離して、一時間後くらいに見ると、蕾がほんのり綻んでいるではありませんか。
一晩寝て目を覚ますと、花が開いているではありませんか。
もう半日が過ぎると満開になり、一日後には更に大ぶりに。
ピンポン球ほどの大きさだったのが、みるみるうちに掌いっぱいになりました。
今どうなっているだろうかと、そわそわ気にかける、やさしい気持ちで過ごせたのも、この一輪の芍薬のおかげです。
これから散ってしまうのだと思うにつけても寂しく、蕾の頃から名前をつけて、もっと可愛がればよかったかしらとも。
完全に枯れてしまう前に花びらを一枚ずつ花氷にして、夏の間少しずつ取り出して眺めようかと思案中です。
それとも、自然のまま最後まで凋落するのを見届けた方がよいかな、とも悩んでいます。
どうしましょうね。困りましたね。
5月28日(木) 五月の青さ
鏑木清方が「若葉」という随筆で、このような言葉を残しています。
「五月という月は若いものだけに許された季節のような気がする。」
「まともにさす若葉の光りは、美しいけれども今の私にはまばゆすぎる。」
そう言われてみれば、確かに五月は若さがよく似合う季節です。
日々新緑が青々と萌え出て、木立が鬱蒼と繁りゆく様子を見ていると、育ち盛りの夏を実感せずにはいられません。木漏れ日がきらきら溢れる日に、四歳五歳くらいの子どもが駆け抜けていったり、半袖のさっぱりとした制服を着て談笑する中高生とすれ違ったりすると、爽やかな気分になります。
生き生きと繁茂する草木が、すくすく育つ若さに重なって見えるからでしょうか。
とはいえ何も年少であるということばかりではなく、年齢によらず「若々しさ」がよく似合う季節なのだろうと思います。
少年のように輝いている目、何か新しいことを始めてみようとする心、わくわくする気持ち、それらも五月に似つかわしい。
普段は落ち着いている人でも、浮き足立って新たな世界へと踏み出させたくなるような明るさが、五月にはあるような気がします。
「五月だから」と、実は始めてみたかったことを、始める言い訳にしてみませんか。
5月21日(木) 初夏を食べたい
五月になると決まって口にしたくなるのが、緑色の食べ物・飲み物。まるで初夏を口にしているみたいで、青々とした爽やかな気分になります。
春に桜餅を食べたくなるのも、春を食べているように感じるからかもしれません。それぞれの季節に、周りを包む自然と同じ色のものを食べて、その季節を食べた気になって楽しんでいるのだと思います。
そういうわけで今朝は、水出しの白桃煎茶、会社の方がくださった抹茶のういろうをいただきました。
これまでお茶はお湯でしか淹れたことがなかったのですが、先日読んだ森茉莉『私の美の世界』に、お茶は水出しに限るなどということが書かれていて、ぜひ試してみたかったのです。渋みも雑味もなく、良い香りにまろやかな味わいで、とっても良いことを教えていただいたと、ほくほくしているところです。昨晩、ほんとうに美味しくできるかしら、朝起きても水が透明で味がなかったらどうしよう、などと考えていたのが杞憂に終わりました。
それから抹茶のういろう!会社の山口県出身の方から教えていただいて、大好きになったお菓子なのですが、今回お菓子好き仲間の方からいただきました。もっちりとした生地、甘すぎないほどよさ、とろんとした美しい濃緑の表面、ふんわり香る抹茶が絶品でした。会社の方の優しさも和菓子の美味しさも相まって、すっかり心が満たされて、これからのお仕事も頑張れそうです。
特段脈絡もないのですが、何かを飲む時、食べる時は、口いっぱいに頬張るのが好きです。ちょっと品がないかなと思いもするのですが、幸福感をぎっしり詰め込めるように思えて、一人でいる時などはよくやります。喉に詰まらせないよう注意して、ぜひお試しください。
5月14日(木) 香りのアカペラ
昨日、夕暮れ時に公園に本を読みに出かけました。
林の中にいるような感覚になる、木々に囲まれた良い場所があるのです。
そこで、「ちびの仕立て屋」を「たいそうよいごきげんで、一生けんめい」読んでいたのですが、けらけら笑いながら読み進めていくうちに、ふと辺りに色々な香りが漂っていることに気がつきました。
最初に漂っていたのは、甘い白いお花の香り。周りを見渡してみたのですが、それらしき木は見当たらず、白いというのも想像に過ぎません。梔子が香るにはまだ早いし、ジャスミンでもありませんでした。さほど強い香りではありませんでしたが、梅よりはもう少し甘さがあるような、そんな香りでした。どこかの薔薇が香っていたのかもしれませんね。もう一度香ってきたら、元を辿って正体を明らかにしたいものです。
次は、葉の青い匂い。草刈りを終えた後のもわっと立ち込める匂いではなく、生きている植物から発される、爽やかな青葉の香りでした。それが、ほんのりとした湿気と混じり合って、しっとりと香っていました。
それから、あたためられた土の香り。冬の土のように乾いた香りでもなく、春の土のように細やかに空中に漂う香りとも違います。葉と同様、ほんのり五月の湿気を帯びて、日中の日差しと混じり合ったかのような、温みを感じる香りでした。
これまで公園に行くと、自然の香りがするなとは思っていたのですが、さまざまに混ざり合った香りの一つ一つに気づくことはありませんでした。今まで交響曲を聴いていたようなものだったのだな、今回はアカペラを聴かせてくれたのだなと、嬉しくなりました。そんなある日の夕暮れでした。
読んでいたのは、『グリム童話集(1)』(相良守峯訳、岩波書店、1984年)です。
5月7日(木) 夏の気配
立夏を迎え、暦のうえでは初夏となりした。
はて、今の時期は夏だろうかと周りを見渡してみても、夏らしさに溢れているような気はしません。春の花々がまだ咲き残り、晩春の名残があちこちに見えます。
それでも、初夏の香りは確かにするような気がします。
繁茂し始めた濃淡の緑、草木の香りを乗せてそよぐ湿った風、膨らみを増す白雲、蓮の蕾、冷たい飲み物の水滴、夕暮れ時の涼やかさ、…。
そこはかとなく漂う夏の気配に、もう花火をしても良い季節になったのだと、楽しくなります。
まだ生まれたての夏。
すくすく育つ様子を、眺めていようと思います。
