小さくて可愛らしいタコ「飯蛸」は、春がいちばんおいしい季節です。日本各地の沿岸でとれますが、特に西日本で愛されてきたタコで、大阪湾や播磨灘周辺の弥生時代の遺跡からは、イイダコ漁に使う「蛸壺」がたくさん発見されています。
穴にひそむタコの習性を利用したタコツボ漁は、弥生時代中期ごろ大阪湾南岸地域ではじまり、播磨灘、周防灘、玄界灘へ、西へ西へと伝わっていきました。
現在でも、明石のタコを筆頭にタコの名産地として知られる兵庫県の播州地域。江戸時代の文献には、飯蛸の名産地として、播州高砂が紹介されています。
この頃の漁法でも、蛸壺や貝殻が使われており、これらを海に沈めて、飯蛸が中に隠れたところを引き上げて捕まえていました。蛸壺の形は時代とともに変化していったそうですが、昔ながらのタコツボ漁が、結局は一番良く獲れたのでしょうね。
『日本山海名産図会』で「腹内白米飯の如き物充満す」と記されている通り、飯蛸の名前の由来は、タコの頭に見える部分(胴・外套膜)に5〜6mmほどのつぶつぶの米粒のような卵をぎっしりと抱えることから。それがまるで白米のように見えたため、「飯蛸」と呼ばれたのです。
春の産卵期の卵を抱えたメスは、非常に美味で、特に珍重されてきました。かつては漁獲量も多く、庶民のお惣菜として食べられていたのですが、近年はめっきりとれなくなり、今では貴重な食材のひとつです。
岡山県南部の下津井周辺もタコの産地として知られ、古くから地域の家庭料理として飯蛸が食べられてきました。
塩でもんでぬめりをとり、下茹でした子持ち飯蛸を、醤油、味醂、砂糖で味付けた甘辛い「飯蛸の煮つけ」は、この季節にしか味わえない一品。卵はほくほくとして優しい甘みがあり、食感もたのしく、これぞ春の醍醐味といった味わいです。
この辺りでは、飯蛸の「墨」を好む人も多く、墨袋を取り除くことなく丸ごと煮つけて食べる人もいるといいます。口の中が真っ黒になるほどだといいますが、その味わいがまたたまらないのだとか。
煮付けだけでなく、唐揚げや天ぷら、トマトやオリーブオイルとも相性が良く、洋風のメニューにも使える飯蛸。この時季にしか出会えない味わいだからこそ、一粒残らず、大切にいただきたいですね。
<岡山県の飯蛸の煮つけ>
清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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