季節の変わり目に、心とからだを整える知恵
土用の期間に入りました。土用とは「土用旺事(どようおうじ)」の略で、土の気がもっとも活発に働く時期を意味します。立春・立夏・立秋・立冬の前、およそ十八日間ずつ、季節の変わり目にあたるこの期間には、目に見えない大地の調整と移行の力が働いています。
土は、万物の生成と循環を支える存在。陰陽五行の考えでは、木・火・金・水の四季をつなぐ「土」が、季節の順当な移ろいを促すとされてきました。
この土用の時期に本や衣類などを出して干すことを「土用干し」と呼びます。梅雨明け後は晴天が続くため、梅干しを干すのにも最適な期間です。
土用の期間は、土を動かすことを慎むべし、井戸を掘ってはいけないなどの戒めがあり、土に関わる工事や農作業を控えて、心身を整える養生の時とされてきました。
土を司る神、「土公神(どくうじん)」の仕事を妨げぬようにという、大地への畏敬と慎みの心。それは、日本人の暮らしに深く根づいてきた姿勢でもあります。
一方で、「土用の間日(まび)」と呼ばれる日には、土公神が天に帰るとされ、その数日に限っては農作業や井戸掘りなどをしてもよいとされました。暦を通して、人が無理をせず自然と歩調を合わせるための工夫が伝えられてきたのです。現代ではこうした感覚は薄れつつありますが、土用は今もなお季節の調整期間として、暮らしの中に息づいています。
特に夏の土用は暑さが厳しく夏バテしやすい時期。うなぎを食べる習慣が広く知られるようになりましたが、そこにもまた自然と調和しながら季節を乗り越えるための知恵と工夫が隠されています。
今年は二度ある、土用の丑の日
2025年の夏の土用は7月19日〜8月6日までの19日間です。「丑の日」は十二支で日にちを表すことから丑にあたる日をさします。今年の夏はちょうど土用入りの日が「丑の日」にあたりますので7月19日、そして7月31日に2回目の丑の日が訪れます。
「丑の日」は12日周期でめぐるので、土用期間が19日間ある年には、丑の日が2回あることが多く、2025年もその年にあたります。最初の丑の日は「一の丑」、2回目の丑の日は「二の丑」と呼ばれます。
一の丑と二の丑の違い
一の丑(2025年は7月19日)
土用の始まりと重なり、夏の入口の養生として意識される日。夏バテに備えて、早めに身体を整える日。
二の丑(2025年は7月31日)
暑さのピークにあたり、消耗した体力の回復や調整として、もう一度滋養をつける日。二の丑は逆に食を控え、身体を休める日とする考え方もあります。少食もまた食養生になります。
土用は養生期間―「う」のつく食の知恵
土用は「気が乱れやすい期間」とされ、慎重な行動や特別な養生が勧められてきました。
この時期に「う」のつく食べ物を食べる習慣は奈良時代からあったようです。これは音の響きに「運」を込める言霊的な発想に加え、栄養価の高い食材が「う」のつくものに多かったことも理由と考えられています。
うなぎ、うどん、梅干し、うり類(瓜、胡瓜、冬瓜、西瓜)、牛肉。「う」のつくもの以外では滋養の高い「土用しじみ」、無病息災で過ごせることを願う「土用餅」、精のつく「土用卵」などがあります。
夏の疲れが出る頃に食べ物で滋養をつけることは理に叶った暮らしの知恵でした。それゆえに今日まで受け継がれた習慣といえるでしょう。
なぜうなぎ? 平賀源内と江戸の工夫
とくにうなぎはすっかり定着しています。なぜこれほどうなぎが流行ったのでしょうか。今回はうなぎを中心にお話しします。
丑の日のうなぎは江戸時代、売れないうなぎ屋に宣伝を頼まれた平賀源内(ひらがげんない)が「本日、土用丑の日」という張り紙を出したところ評判になり、他のうなぎ屋もこぞって真似をしたことから一気に広まったといわれています。本来、うなぎの脂が乗るのは冬で、夏が旬ではなかったのですが、今では夏の食べ物としてすっかり定着しています。
万葉集には夏のうなぎをすすめるこんな和歌があります。
「(痩せている)石麻呂に私は申し上げたい。夏痩せによいといわれているうなぎを召し上がりなさい」。この歌からわかるように夏痩せにうなぎがよいことは奈良時代から知られていたのですが、これを「丑の日」に結びつけたのが平賀源内だったというわけです。
やがて蒲焼きは「江戸前」を代表する料理になりました。源内の没後、三十年ほどして生まれた山東京伝(さんとうきょうでん)は四季の暮らしを伝える『四時交加』の中で、こんなふうに夏の描写をしています。
「蒲焼店の芬々(ふんぷん)たるにハ観音の鼻も襲ふべし」
蒲焼きの香ばしい匂いがぷんぷんと街中に漂い、庶民の鼻をくすぐる様子をなんともユーモラスに描いています。香りだけでも美味しそう、と感じるのが蒲焼きの魅力ですね。流行のきっかけは案外、この香りだったかもしれません。
都内には今でも多くの鰻屋さんがあり、そんな江戸の名残を伝えているわけですが、うなぎはハレの日の食べ物であり、『森貞漫稿』によると出前の鰻は黒塗りの手桶に入れて運び、蓋の下にうやうやしく白い半紙を一枚挟むとあり、江戸末期には「江戸前」を代表する高級な食べ物になっていました。
鰻もどきと庶民の工夫
そのままではさほど美味しくない鰻を薄く開き、蒸したり、タレをつけて炭火でじっくり焼いたりすることでふっくらと仕上げる独特の調理法は、長い伝統の中で育まれた見事な技術です。家庭ではできないからこそのご馳走であることは今も変わりませんね。庶民の憧れでもあったことから、江戸時代の料理本『豆腐百珍』にはすでに「鰻もどき」が掲載されています。
水切りした豆腐に山芋と小麦粉を混ぜ、海苔の上に塗って油で揚げます。それをタレの煮汁につけて焼くと出来上がり。皺の寄った海苔がちょうどうなぎの黒い皮のようになります。昔の人もうなぎの代わりにいろいろ工夫していたようです。
北斎の描いた鰻登り
「鰻登り」とは、手でつかまえようとすると、するりと抜けて、上へ上へと登っていくうなぎの様子から生まれた言葉。
葛飾北斎はこの言葉を、巨大なうなぎと格闘する職人たちの姿にデフォルメし、見事に描き出しました。うなぎの躍動感と、うなぎ屋の大繁盛を思わせる、なんともユーモラスな構図です。
からだの声に耳を澄ませて土用を生きる
さて、土用の丑の日。ただ単に伝統的なものを食べるのではなく、「この時季、自分の身体はどう感じているのか」と、内側に耳を澄ませてみてください。
土用はいわば、「養生期間」。自分という土台を立て直すのに、いま何が必要か?からだに訊くのがいちばんです。魚などのタンパク質を摂るもよし。腸を整えるオクラ、納豆、長芋などのネバネバ食材もおすすめです。
「身土不二」。果物や野菜など旬のものは、基本的に理にかなっています。
自然界の声を受けとるように、からだの声にもそっと寄り添う。移りゆく季節とともに、自分自身のリズムを整えていくこと。それが、「大地に生きる私」といういのちを、大切に生きるということなのかもしれません。
文責・高月美樹

