こんにちは。星空案内人の木原美智子です。
5月も半ば。新年度から走ってきた疲れで宙を見ることを忘れそうな時でも、星たちは忘れることなく宙から私たちを見守ってくれています。この時期の20時頃、南の宙では春の星たちがのんびりと輝いています。その中にオレンジ色に輝く星があり、名前をアークトゥルスと言います。うしかい座の一等星で、先月紹介した春の大曲線の要の星です。宙が明るい現代の街中でも見つけられるくらいですから、電気などない時代には、とても目立つ春の星だったと思います。そのためか、アークトゥルスには日本各地で様々な和名がつけられました。
和名の中で最も有名なのは、「麦星」「麦刈星」など、麦にちなんだ名前。主に関東から九州の麦の二毛作が盛んに行われていた地域に伝わる和名です。麦が実って刈り取る時期(6月頃)の夕方に、宙高くにひときわ輝くことから農業を営む人にとっては大事な目印の星でした。
次に、「五月雨星」、「雨星」。北日本など麦の栽培があまり行われていない地域では、アークトゥルスが見える時期の気候と結び付けられました。「雨星が見えると雨が降る」と伝承も残っているそうです。
似たような考え方で「カド星」、「アトボシ」があります。北斗七星が見えやすい北の地域をメインに伝わる和名で、北斗七星の柄(カド)の延長線上にあることからカド星。北斗七星の後を追うように昇ってくるのでアトボシと伝わります。北斗七星はとても分かりやすい春の宙の目印ですので、それを基準に名付けたのでしょう。
番外編として、同じく春の星であるおとめ座のスピカと一緒に捉えて、夫婦星。アークトゥルスの橙色とスピカの青白い色の対比からそう呼ばれるようになりました。
和名は昭和初期頃まで人々の暮らしの中にあったと考えられていますが、農業の近代化や教育の西洋化により次第に忘れ去られる存在に。しかし、プロアマ問わない宙を愛する人々が各地を調査・収集してくださったおかげで、今を生きる私たちはそれらと触れ合うことができます。
古代ギリシャ語が語源の「アークトゥルス」にも、「熊の番人」という意味があります。隣のおおぐま座を追いかけるように昇ることに由来する名称で、アトボシの由来に似ていますね。国を越えて共通しているのは、誰でも納得できる名付けの理由があることではないでしょうか。どの名前も宙を非常に良く観察し、分かっていたからこそ生まれたものです。

