染織家の吉岡更紗です。私は「染司よしおか」の六代目で、古法にのっとり、植物を中心とした自然界に存在するもので染色しています。季節によって染色に適した染料が変わったり、寺社の行事に合わせて染色をしたり、この仕事はまるで歳時記のようだと感じています。世界中でも類をみないほど数が多いといわれている日本の色。その中から、今月は「桜色」を取り上げたいと思います。
近畿地方では「お水取りが終わると春が来る」と言われていますが、本年は3月15日に満行を迎えられる前に急に暖かくなりました。その後も三寒四温を繰り返し、京都もそろそろ桜の便りが気になる頃となりました。まだ満開ではありませんが、二分咲き、三分咲きといったところでしょうか。柳の葉も芽吹きはじめ、萌え出ずるような透明感のある葉の色もとても美しいです。4月に入れば、素性法師(そせいほうし)が詠んだ「見渡せば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりけり」(『古今和歌集』)の歌の通り、桜も満開となり、その薄紅の花色と柳の葉の色が織りまざり、重なり合うような美しい情景となるでしょう。
可憐に咲く桜の花色を表すのに、現代では桜の樹皮を使い染められることもあるようですが、染司よしおかでは、古法にのっとり紅花(べにばな)や蘇芳(すおう)で染めるのがふさわしいと考えています。古来、日本で染められていた書物や記録を見ていると、紅花や蘇芳で染め、そこに透け感のある白をかさねて桜色をあらわすという記述が多く見受けられるためです。平安時代にさかのぼると、当時は季節にあった色を選んで衣装や住まいを彩ることが教養のあらわれであり、センスがよいとされていました。『源氏物語』を読んでいると、登場人物の衣装のかさね色に触れ、「ときにあいたる」(季節にあった色をかさねた衣装を着ていて大変にセンスが良い)と褒めている言葉が沢山登場します。
そのひとつをご紹介すると、物語の後半「若菜」の帖に、桜が満開に咲く六条院にて、若い貴公子が蹴鞠に興じる場面が描写されています。老年となった光源氏に降嫁した女三の宮が、その様子を御簾(みす)越しに見ていると、飼っていた唐猫につけていた綱がひっかかり、御簾がめくれ上がってしまいます。その時の女三の宮の姿を、彼女のことを想っていた貴公子のひとり柏木が見てしまうのです。
その時の女三の宮の衣装は、「濃き薄き、すぎすぎに、あまたかさなりけるけぢめはなやかに、草子(そうし)のつまのように見えて、桜の織物の細長なるべし」と描かれています。袖口や裾は草子のように華やかな紅花で染めた濃淡の袿(うちき)を纏(まと)い、その上に白の薄物の細長をかさねると、下の紅色が透過して見え、まさしく季(とき)にあった桜の花が咲いたように見えると描かれています。動くと、咲き乱れる桜花がまるで風にそよいでいるかのようにも見えるので、その姿は更に美しく、魅力的なものだったでしょう。
みなさまも今年は桜色を纏い、花見を楽しんでみてはいかがでしょうか?
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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