染織家の吉岡更紗です。私は、京都で200年以上続く染屋「染司よしおか」の六代目で、いにしえから伝わる技法で、植物を中心とした自然界に存在するもので染色をしています。
世界中でも類をみないほど数が多いといわれている、豊かな美しい日本の色。
今月は「帝王紫(ていおうむらさき)」についてご紹介いたします。

染司よしおかが生み出す色のなかに、植物ではなく動物由来のものがいくつか存在するのですが、その一つが今回ご紹介する帝王紫です。アクキガイ科の貝の内臓には、パープル腺と呼ばれる部分があり、これは本来は黄色なのですが、海水で薄めて布や糸に塗り付けて、太陽の光にあてると、次第に赤みがかかった紫色に変化をするという不思議な色です。

紀元前1600年頃地中海沿岸で、フェニキア人という海洋民族によって考えられた染色方法であるといわれており、わずか1グラムの色素を得るために2000個もの貝が必要とされる非常に貴重な色でもありました。ギリシャ・ローマ帝国では皇帝や貴族しか使用が許されなかったそうです。そのためその紫は「ロイヤル・パープル(帝王紫)」と呼ばれていました。
私の祖父にあたる4代目吉岡常雄がその色に魅了され、1968年から何年にもわたってまだまだ渡航する日本人の少ない中、その遺品の残るナポリやローマ、レバノンなど地中海沿岸の地域を訪ね歩き、貝から採取する色素について研究をかさねました。

祖父の帝王紫探訪の旅は二十数年の間に38か国にも及んだそうですが、その後日本でも様々な貝を工房に運び、色素を取り出し布に描き、太陽の光をあてて紫の色を得るということを繰り返し行い、祖父は帝王紫の色を使った沢山の作品を生み出しました。
幼い時の朧気な記憶ながら、工房の中に沢山の水槽が置かれ、生きた貝が沢山いたことを思い出しますし、工房の庭には祖父が持ち帰った貝の殻がいくつかそのまま置かれています。工房では、時折今も帝王紫の染色を試みることがあり、現在は日本で採取されるアカニシガイの色素で染めています。

帝王紫は地中海発祥の高貴な色でヨーロッパ、メキシコなどで使用例が見つかっていますが、日本でも伊勢志摩の海女が、イボニシガイのパープル腺を松葉につけて、自身の手ぬぐいに印として塗り、お守りにする風習がありました。
また、佐賀県の弥生時代の遺跡である吉野ケ里遺跡からは、貝の分泌液で染められたのではないかとされる布片が出土しています。吉野ケ里遺跡のある地域が、かつて卑弥呼が女王として治めていた邪馬台国だったのではないかという説もまだ残されていて、答えが出るのはまだまだ先になりそうですが、もしかすると貝で染められた美しい紫が、弥生時代の高貴な人物の衣装を彩っていたのかもしれません。
写真提供:吉岡更紗

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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