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日本の色/臙脂色えんじいろ

にっぽんのいろ 2024.11.16

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染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、その中から「臙脂色(えんじいろ)」についてご紹介致します。

臙脂色 写真提供:紫紅社

毎年秋になると奈良国立博物館では「正倉院展」が行われます。正倉院とは、聖武天皇の遺愛の品や東大寺で行われた法要に関する品々などが納められている倉のことで、その宝物は戦後から一般公開されるようになりました。奈良時代から土中に埋まることなく、伝世品として1300年の時を経た宝物の美しさに毎年魅了されています。

鏡や木工品、古文書に加えて、本年も数々の染織品が出陳されていましたが、その中で注目したものの1つに紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)があります。
儀式用として使われていた象牙製の赤いものさしですが、全体を赤く染めた後に、細い線で削り出し、内側の染まっていない白い部分が現れることで文様を表しています。ところどころその白い部分に、緑青(ろくしょう)と思われる顔料で緑に彩色されていて、繊細な美しさを醸し出しています。

この地色の赤は、長年何で染められていたのかは、はっきりとわかっていませんでした。赤を表す染料は茜、蘇芳、紅花などが考えられますが、2013年に正倉院事務所は、臙脂(えんじ)が使われていたのではないかという分析成果を発表しました。臙脂とは動物性の染料で、ラックもしくはラックダイとも呼ばれていて、「臙脂色」と呼ばれるやや青みがかった深い赤色を生み出します。

正倉院に遺る紫鉱 写真提供:紫紅社 

ラックカイガラムシという数ミリの虫が、樹木に寄生してその分泌液で瘤のような形をした住まいをつくるのですが、その小さいカイガラムシに赤い色素があるのです。その瘤状の住まいごと採取して、古来染料や血行をよくする薬物として使われてきました。日本では生育しないことから、遅くとも奈良時代には輸入をしていて、正倉院の中には今でも枝に固結したラックを「紫鉱」と称し、薬の一種として大切に保存されています。その他平安時代以降の絵画、仏画などにこのラックから得た色素が使われているのが散見できます。

瘤状になった部分にはシェラックとよばれる樹脂も含まれており、塗料やニス、食物のワックスなど光沢剤として多用されており、現代では染料よりそちらの需要が高いようです。インド、タイ、ブータンなどで採集されていて、ブータンに暮らす方々の民族衣装には、このラックで染められた赤を地色とするものが非常に多いです。

採取されるラック(ブータン) 写真提供:吉岡更紗

2016年にブータンを訪れる機会があり、貴重なラック採取の現場を拝見することができました。ただ、ブータンは仏教を尊ぶ信仰が近年より深くなり、殺生を禁ずる傾向にあり、ラックの採集も少なくなってきているそうです。

ラックで染めた糸が欠けられた機(ブータン) 写真提供:吉岡更紗

旅の途中では、実際に染色をする現場や、染められた糸で織りをする現場なども拝見させていただき、その際に分けて頂いたラックで実際に私も染色をしてみましたが、青みのあるこっくりした赤に染まりました。紅牙撥鏤尺のような鮮やかな赤には及びませんでしたが、遠く海を越えて日本に将来されたラックの歴史を感じる、深い赤色と感じました。

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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