染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「苔色(こけいろ)」についてのお話です。
岩や地面、木の枝などに生える苔は、水分を含みながら一年を通して美しい緑色を保っています。盆栽や寺社などの庭園に見られる苔の、特に梅雨入りしたこの季節の長雨の後、わずかに雲の合間から覗いた陽光に照らされた艶やかなしっとりした青々とした苔の色は非常に美しいと思います。
日本で苔について詠まれた歌も多く遺されていて、『万葉集』に、
「妹が名は千代に流れむ姫島の小松がうれに苔生すまで」(河辺宮人)
「いつの間も神さびけるか香具山の、桙杉の本に、苔生すまでに」(鴨足人)
などの歌があります。
松や杉などの樹木、もしくは岩などに「苔生す(こけむす)」つまり苔が生え、やがてそれらが永遠と思えるほど永い間続いていく、という意味を持っています。
日本の国家「君が代」も同様の歌詞で歌われていますが、これは『古今和歌集』に遺る
「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」(詠人知らず)
を元に創られているそうです。
「苔の衣」という言葉もあり、僧侶など俗世間から離れて暮らす人々は、衣に苔が生すほど、長い時間修業をするという意味で使われています。苔の悠久に美しい色を保つという所以でしょうか。
「苔色」と具体的に色名が登場する古典はあまりないようなのですが、源実朝が、
「岩にむす苔のみどりの深き色をいく千世までと誰か染めけむ」『金槐和歌集』
(岩に生した苔が歳月を重ねても年中青々とした緑を保ち、絶えることなく悠久に続いている。このような深く濃き緑に誰が染めたのだろうか)
と、苔の深く濃い緑の色の美しさを詠っています。
平安時代に公家や貴族が何枚もの衣装を重ね、移り変わる季節に咲く、もしくは色濃くなる草木花の美しい色にたとえて表現した組み合わせを総称して「かさね色目」と呼ばれています。春は桜、夏は杜若などをそれぞれの花色、蕊(しべ)の色、葉の色などを組み合わせて纏い、表していました。
江戸時代に平安時代のそうした貴族文化を学ぶ有職故実(ゆうそくこじつ)が盛んとなります。そのムーブメントの中、文化年間(1804年~1818年)に編纂された『薄様色目(うすよういろめ)』というかさね色の典籍を、私の父が古書店で見つけ購入したのですが、この本にも春夏秋冬のかさね色が雲母引きされた和紙に木版摺りした美しい色と共に列記されています。
『薄様色目』には、一年を通して緑が美しい草木であることから、苔色は冬のかさねとして登場し、表濃萌木(萌黄)、裏濃萌木(萌黄)と表記されています。鎌倉時代に源頼朝の息子として生まれ三代将軍になりつつ、文化、和歌に精通した実朝から見た濃き緑色は、平安時代の公家や貴族へのあこがれを通して見つめられたものだったのかもしれません。

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
