通常は金木犀が散るころ、急に肌寒さが増してきて、寒露を迎えるのですが、今年は金木犀が「二度咲き」しましたね。例年ならすでに散っている頃ですが、今年は二度咲きのおかげで、思いがけず長い期間、香りを楽しめています。
七十二候は第四十九候「鴻雁来(こうがんきたる)」に入ります。第十四候「鴻雁北(こうがんかえる)」と対になっている七十二候です。
「鴻」はハクチョウやヒシクイなど大型の水鳥の総称で、「雁」はマガンをはじめ、ハクガン、シジュウカラガンなど、カモより大きく、白鳥たちより小さい水鳥の総称です。こうした鳥たちは絶滅危惧種になっていたり、飛来地もごく限られていたりしますが、この候は「秋に渡ってくる冬鳥たちが見られるようになる頃」と解釈していただければとおもいます。
花が少なくなり、すべてのものが末枯れていく季節の中で、北から次々とやってくる渡り鳥たちのおかげで、水辺は少しずつ華やいでいきます。寒さの増していく中で、いきいきと泳ぐ水鳥たちの姿はなんとも清冽で、心なごむ風景です。まさに「水の秋」 です。カモ類はどこの河川や池でもほぼみられるとおもいますので、ぜひ水辺を訪れてみてください。中には今年初めて日本にやってくる若鳥たちもいるはずです。
緑の頭のマガモ、コガモ、ヒドリガモ、ハシビロガモ、オナガガモ、オカヨシガモ、ホシハジロ、ペンギンみたいなツートーンカラーのキンクロハジロなどが比較的よく見られるカモ類です。
それぞれに美しい配色の水鳥たち。一体、誰がデザインしたのだろうと思いますが、これぞまさにシックの極み。これほどに地球のデザインは微細で、緻密で、素晴らしいものなのだと毎年のことながらおもいます。
水鳥たちにとって、日本の冬は恋の季節です。飛来した当初は地味だったオスの羽が冬になるにつれ、鮮やかに変わっていくことも楽しみのひとつです。
そして、市街地でみかける冬鳥の代表といえば、ジョウビタキです。うちの周辺でも数週間前から、いつもの小鳥たちのさえずりにまじって、ジョウビタキの「ヒッヒッヒッ」という高い鳴き声が聞こえ始めました。姿はみえなくても、今年も来たな、とすぐにわかる鳥です。
ジョウビタキはオレンジ色のお腹が美しい小鳥。黒っぽい羽にポツンと白い紋があるので、「紋付き鳥」ともいいます。尉鶲(ジョウビタキ)の尉(じょう)は能楽の翁のことで、オスの頭が銀白色のため。そして鶲(ひたき)の語源は「火焚き」で、鳴き声が火打ち石のような金属音であることから、この名があります。お腹のオレンジが火の色のようでもありますね。冬鳥の代表格で、市街地でもみかける身近な鳥です。
留鳥の小さな鳥たちは冬になると群れになって、混群で行動したりしますが、ジョウビタキは単独を好み、堂々と目立つところに止まっているので見つけやすい、ということもあります。「キッキッキッ、ヒッヒッヒッ」と高い声で鳴くのは縄張り宣言のためです。
またツグミも、晩秋になると草地や公園などでみかけるようになる中型の鳥です。地面を歩いていることが多く、時折、周囲を警戒して背伸びをし、頭をぐっと反らせるように周りを見回すしぐさがなんとも愛らしい鳥です。飛び立つ際に一瞬、「キョキョッ」と短く鳴くことはありますが、繁殖期はシベリアで過ごすため、日本ではさえずることはありません。口をつぐんでいるからツグミ(鶫)という名に。
ツグミも日本にいる冬の間は、ほぼ単独行動です。細いくちばしで地面を掘ったり、器用に枯れ葉をひっくり返したりして、木の実や虫を探しています。羽の一部にちらっとみえる赤茶色と、お腹の斑ら模様が美しい鳥。ツグミは案外、身近にいて、人家の庭にもやってきます。見かけると、警戒心が強いので見つからないようにして、じっと観察してしまいます。ツグミに気づかれない間は、何か熱心についばむ姿や羽の美しさをじっと観察できます。
お腹の白いシロハラ、全身トラ模様のトラツグミも、ツグミの仲間。また冬になると山から低地に出てくる漂鳥たちもいます。
秋は季節がいいせいか、鳥たちも気持ちよさそうにさえずっています。寒い季節にしか見られない鳥は他にもかなりたくさんいますので、ぜひ彩り豊かな素晴らしい生き物たちとの出会いを楽しんでいただけたらとおもいます。
最後に、雁にまつわる植物を2つ、ご紹介します。雁来紅(がんらいこう)はちょうど北から雁がやってくるころ、その葉が花のようにあでやかに色づくことからついた名前で、葉鶏頭(はげいとう)の別名です。『枕草子』には「雁を待つ花」として「かまつか」の名で登場し、今日も俳諧では「雁来紅」や「かまつか」で詠まれることが多くあります。雁来紅の葉は赤だけでなく、紫、黄、ピンクなどさまざまで、まさに大輪の花のよう。色づく葉をみて、雁の到来を感じることができます。雑穀のアマランサスはこの葉鶏頭の仲間です。
そして、もうひとつはこの雁草(かりがねそう)です。美しい紫がいかにも秋らしい可憐な花です。下に一枚、尾のように長い花びらがあり、左右の翼を広げて飛んでいる雁の姿に似ているとされたようです。それだけ雁が身近な存在だったからでもあるのでしょう。くるりと湾曲した長いアンテナのような雄しべは、花蜂が来訪すると、その重みで花がぐっと下を向き、ちょうど花蜂の背中に花粉がつくようにデザインされています。
秋もすっかり深まってきました。あたたかい羽毛に包まれた渡り鳥たちがやってくる頃、人間がセーターに袖を通す日がやってきます。
文責・高月美樹
メイン写真提供:細川修一
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