七十二候は「欵冬華(ふきのはなさく)」を迎えました。欵冬(かんとう)は蕗(ふき)のことですので、蕗の薹(とう)が出始める頃、という意味です。蕗の薹は雪解けを待ちかねたように地上に顔を出す、春いちばんの使者。
早い所では年末にはもう顔をのぞかせています。冬眠からめざめた熊がいちばん最初に食べるのが、フキノトウだと言われています。フキノトウにある苦味やえぐみは、基本的に動物に食べられないためなの戦略ですが、熊はフキノトウが身体を目覚めさせ、毒素を排泄してくれるのを知っているかのようにせっせと食べるようです。
この効果は人間にとっても同じで、フキノトウはカルシウム、カリウムが豊富で、栄養満点。肝機能を高める、免疫力を高める、骨や血液を再生する、強壮、解毒など、さまざまな効能があります。今でいうアンチエイジング、デトックス効果抜群の食材です。
七十二候では「はなさく」と読ませていますが、花が咲くのはもう少し先。今、見られるのはつぼみたち。フキの花蕾は防寒のため、白い綿毛のついた苞で幾重にもしっかり包まれています。それが次第に放射状に開いてくると、薄緑色の花のように見えます。ですので「咲いている」というよりも「ひらいている」と感じていただくと、わかりやすいかとおもいます。
食用に適しているのは苞が開かないこの蕾の状態のときのみで、小さいものほど苦味が少なく、甘みがあります。
フキノトウは独特のほろ苦さやほこほこした食感もさることながら、なんといっても目のごちそうです。ふっくらとしたつぼみの形は「大地の春」そのもの。私は毎年、食べる前にしばらく飾って眺めています。
茎を伸ばして花が咲く頃にはすっかり苦味が増して、食べられなくなってしまうことから「薹が立つ」という言葉がありますが、「薹立ち」はニンジンやダイコンなど野菜にも使われる言葉です。
これは3月頃に撮った写真なので、もう花序がはっきり見えています。こうなると食べるにはもう遅いのですが、大地の芽吹きのたくましさに思わず見とれてしまいます。蕗の古名は「山息吹(やまふぶき)」で、まさに山の息吹です。
蕗は地下茎でつながっているので、ひとつ見つけると、あそこにも、ここにも、あった、あった、と次々に見つかります。以下は山頭火の句です。とてもシンプルな表現ですが、誰もが経験のある毎年の出会いのシーンです。
ちなみに蕗には雄株と雌株があり、雄株は黄色っぽい花、雌株は白い花になります。花の色は薹立ちした頃でないとわかりませんが、雌株は背丈が伸びた後、タンポポのようなふわふわの綿毛になり、晩春になるといつのまにか地上から姿を消してしまいます。
先に花を咲かせたあと、別の場所から深緑の丸い葉を出してきます。夏には葉が重なり合うほど繁茂して、大地に緑陰を作ります。アイヌの妖精、コロボックルは、「蕗の下の人」の意です。
晩春から初夏の山菜として出回るフキはこの葉の茎の部分で、フキノトウとはまた違った味わい。私は子どもの頃、お手伝いでフキの筋取りをさせられるのが嫌だったのですが、大人になってみると、少々、手間はかかるけれども、年に一時期しか味わえない旬の味わいに美味しさを感じられるようになりました。茹でると翡翠のような鮮やかな色になる瞬間も美しいなと思います。
文責・高月美樹
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