こんにちは。俳人の森乃おとです。
春になり、大地が温まってくると、ツクシがあちこちから顔を出します。つややかな肌色の、少しユーモラスな姿を見ると、「ああ、自然も私も生きているのだな」とうれしくなります。
ツクシはトクサの仲間のシダ植物です。花で種子をつくる普通の草木(被子植物)とは違って、胞子をつくって増えます。植物としての名前は「スギナ(杉菜)」で、スギナは光合成を営むための栄養体。ツクシは胞子をつくるための胞子体です。ツクシは花ではありませんが、何の前触れもなくひょっこりと現れますので、花以上に自然の豊かな循環を感じさせてくれるのです。
地面の下には地下茎が網の目のように張りめぐらされていて、ツクシが出てくるのと前後して、小さな杉の木のような形をしたスギナも、続々と姿を現します。
地上に出てきたばかりのツクシは、全身を「袴(はかま)」と呼ばれるうろこ状の鞘(さや)で保護されています。その姿が筆を立てたように見えるので、「土筆」と書かれるようになりました。
結核を患い43歳で夭逝した川端茅舎(かわばた・ぼうしゃ=画家・川端龍子の弟)の俳句です。「土筆(つくし)」は春の季語ですが、ここでは「寒(かん)」で冬の句となっています。寒の季節は、1月5日ごろの寒の入りからの2月4日ごろの立春の前までです。そんな時期にはたしてツクシが生えるのでしょうか?
春の象徴のようなツクシを摘んで煮てくださいと頼む病人の、生命への切ない希求が伝わってきます。
さて。ツクシについて何より大事なことは、食べておいしいことです。
ほどよく伸びたツクシを摘み、胞子の入った穂と袴を取り除き、水で洗います。それを煮付けにしても、炒めても、ご飯に炊き込んでもよし。素朴な味わいにもまして、シャキッとした噛み味の心地よさが記憶に残ることでしょう。私にとって子ども時代の原風景です。
ツクシは古代には「つくづくし」とも呼ばれていました。
そのどこか滑稽な姿が花鳥風月の趣味に合わなかったせいか、万葉集や勅撰和歌集の題材にはなりませんでしたが、源氏物語には登場します。
第48帖「早蕨(さわらび)」の章に、父の親王を亡くして悲しみにくれるヒロイン・中君
(なかぎみ)のもとに、父の仏法の師だった宇治山の阿闍梨(あじゃり=高僧)から、蕨
(わらび)と「つくづくし」を入れた風情のある籠が届く場面が描かれます。
籠には、「これは子どもからの供養です」と断ったうえで、「君にとて あまたの春を摘みしかば 常を忘れぬ初蕨なり」という、わざと子どもっぽい下手な字で書かれた和歌が添えられていました。「(父宮のために)毎年春には摘んでいたので、(お亡くなりになった)今年も忘れずにお届けする初蕨です」という意味です。
このエピソードからも、ツクシが春を告げる山菜の代表的存在だったことは、間違いないようです。
ツクシは花ではありませんが、花言葉があります。「向上心」「意外」「驚き」です。上に向かってすくすく伸びるから「向上心」。「意外」と「驚き」は、突然出現する様子から生まれたのでしょう。
胞子を撒き終わると、ツクシは枯れ、スギナがすさまじい勢いで地面を覆い尽くしていきます。そのスギナも秋には茶色く枯れ、地下茎で冬を越していくのです。
ツクシ 土筆
学名 Equisetum arvense
英名 Field Horsetail/Common Horsetail
シダ植物トクサ科の多年生草本で、植物名はスギナ。ツクシはその胞子体の名称。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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