漬物男子、田中友規です。
今日はらっきょうのお話です。
らっきょうといえば、カレーのお供。
そうなるとらっきょうの起源はインドかな、と思いきや元々は中国の野菜です。
中国の湖北省の名産品として、南宋時代から1000年に渡り、現代でも盛んに栽培が行われています。水はけの良い肥沃な土地で育った、真っ白で肉厚ならっきょうは、清の時代には宮廷に献上され、満漢全席のメニューに湖北省のらっきょうが選ばれるほど有名なのだそうです。
しかし、ここでひとつ不思議に思うことは、中国料理でらっきょうを使った料理を食べた記憶がないということ。上海に長く住む友人にメッセージを送り訊ねてみたのですが、やはり彼も都心部では食べたことがないというのです。
食文化というのは、必ずその土地土地に痕跡を残しながら伝来されるもの。湖北省から一足飛びで、日本の甘酢漬けになったというのも不自然です。
湖北省で食べられているらっきょう料理を調べてみたところ、漬物以外では豚肉や魚介類、または豆腐などと一緒に炒め物にして食べるのが主流で、中国版のレシピサイトを覗くと、すぐに素晴らしく美味しそうな家庭料理を見つけることができました。
その料理をみた時、ふとある料理のことを思い出したのです。
ぼくは国内でも海外でも、旅行先で料理教室に参加するのが好きで、地元の方たちと一緒に郷土料理を学ぶ機会を楽しみに旅をしています。
十年ほど前に、沖縄で参加した琉球料理教室で学んだ島らっきょうのチャンプルーに、まさに中国料理の系譜と繋がりがあることを感じたのです。
ああ、ここに伝来していたか!
ひづめと鳴き声以外は全部食べるという豚肉料理の考え方や、祝い事に餅を使う文化、豆腐餻(とうふよう)のような発酵食品も、沖縄と中国との貿易の歴史を物語っています。
長い歴史の中で混ざり合い、色濃く中国食文化を感じることができる琉球料理にらっきょう料理もしっかりと織り込まれていたのでした。
その教室で学んだ島らっきょうの料理は、今思い出しても鮮烈。
通常のらっきょうよりもひと回り小さい島らっきょうの薄皮を丁寧に取り、鱗茎の部分だけを極々薄くスライスしていく。
だいたい30粒ほどで一皿分になるので、なかなか手間のかかる下ごしらえ。
ちまちまと皮むきと格闘しながら、こんな小さならっきょうが美味しい料理になるのかな・・・と
首を傾げながら作業を続けていたのを覚えています。
フライパンにラードを引き、ちりちりと熱気を帯びた鉄板の上に、手でちぎった島豆腐を優しく置くと、じゅわっと大豆の濃い香りで教室が満たされていきます。
そこへ時間をかけてスライスした島らっきょうをザッと流し込むと、いままで無言だった島らっきょうが、油と熱の力を得て、唾液腺を強烈に刺激する香りを放ち始めます。
ニラでも、ニンニクでも、ネギでもない、至極上品にも関わらず、沸き立つ力強い香りに、思わず体を仰け反らして驚いてしまいました。
味付けは塩のみで極めてシンプル。
仕上げに溶き卵を加えれば「島らっきょうのチャンプルー」の完成です。
湯気の立つチャンプルーを皿に盛り、白いご飯とともにいただきます。
見た目は地味でも、この香りでご飯一杯食べられてしまいそうなほどの存在感は、らっきょうだからこそ。
一口ほおばってみると、想像もしなかった複雑な旨味を感じるのです。
ラードのコクを吸い込んだしゃくしゃくとした繊維は、しっかりと歯ごたえを残しながら、島豆腐と卵との一体感があり、噛みしめるほどに甘みが広がります。
塩だけの味付け、出汁も肉も使わない、それなのにこの満足度は一体なんなのだろう。
体に優しい、という言葉とは逆に、食せば疲労が吹き飛び、力がみなぎる栄養食にも思えます。
精進料理では、辛くて臭気のある五つの野菜は五葷(ごくん)と呼ばれ、精力の付きすぎるものは修行の妨げになる、と敬遠されてきました。らっきょうもそのひとつ、ということを知り、確かに食欲が止まらなくなるのを実感しました。
あの小さならっきょうに、こんなにもエネルギーが詰まっているのだから
カレーの横で寝そべってるなんて、もったいないぞ。
いまの時代、なにかとみなさん疲れ気味。
そんな時こそ、らっきょうですね。
田中友規
料理家・漬物男子
東京都出身、京都府在住。真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
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