漬物男子、田中友規です。
2020年、最後に書かせていただくのは、ついに白菜のお話です。
かくいう私、漬物男子を名乗るきっかけにもなったこの野菜には並々ならぬ思いがあります。
と同時に、白菜の漬物と向き合わなかったらどんな人生になっていたのだろうと恐ろしく思うこともあるほど。
この漬物を大切に思う、僕の経験をお話したいと思います。
3年ほど前、親しくしていた農家から大きな白菜を一玉いただきました。
それはそれは立派で、家族三人で食べきれないほどのサイズ!
半分はお鍋や八宝菜などにしていただき、残り半分をどうするか。
冷蔵庫の野菜室はぎゅうぎゅうで他の野菜が入らない、はてと困っていたところ、ふと庭先に野菜を干している田舎の風景が頭をよぎりました。
季節は冬。風に晒しておけば水分が抜け、萎む。余った白菜は漬物にしてみることにしました。
芯に切れ目を入れ、1〜2日経った白菜はしんなりとしつつもまだ伸びようと中心から羽のように葉を広げます。
思いがけず野菜の生命力を目の当たりにして、命をいただくのだなぁ、と感じつつ、自らの命をつなぐために保存食としてきた人間の営みが漬物文化を生み、いまに伝わっていることに気づきます。
「使いきれずに捨ててしまったかもしれない。」
食べられるはずだった食材も、ゴミと一緒に火曜の朝に電柱の端に置いておけば目の前から消えていく。その便利さを、思考停止したまま受け入れてよいのだろうか。
僕は一人、正体不明の焦燥感に苛まれ、漬物の本を見ながら、白菜に塩をまぶし、これで良いのだろうかと試行錯誤しながら漬物のようなものを作り始めました。
塩、昆布、鷹の爪。
それぞれがまた保存食の祖であり、白菜を保存食に変える大切な道具。
ここにもまた人間の営みがあることに驚きました。
デザイナーであり、料理家を名乗る活動をしていた自分が恥ずかしくもあり、また、こんなに身近にあった叡智に気づかなかったことが恐ろしかったのです。
塩は白菜の重量の3%。タッパーに隙間なく白菜を押し詰めて、上から二倍の重さの重石を載せます。葉物野菜とはいえ白菜の芯近くは固く、なかなか全体が漬物の雰囲気にはなりません。徐々に水分が出始めて昆布のとろみが抽出されていきます。
1日、2日、3日と様子を観察し、余らせてしまった白菜が、ゆっくりと保存食に変わっていく姿を見届けました。
あんなに立派だった白菜が、塩と重石で1/3ほどになりタッパーに収まってしまいました。数日前まで、どうしたものか、と持て余していた白菜がこんなに小さく。
漬物の物理的な面白さは、やってみて初めてわかります。さすがは日本人の知恵!これは覚えておけば便利だぞ、と心躍らせました。
しかし肝心の味はというと、・・・美味しくないのです。
あれ、手順通りにやったはず。旨味もなければ、あっさりしすぎてそのまんま白菜の味。
失敗したかなぁ、と肩を落とした瞬間、ぎくりと心臓が止まりそうになりました。これが本来の漬物の味だったのです。
いままで美味しいと思って食べていた白菜漬けは、滅菌処理されたパックに入れられて、熱圧着されたポリプロピレンで包まれた、現代の僕らが美味しく感じる漬物風の加工物。
いつの間にか、継承されるはずの漬物の味はまったく別の味に変わってしまっていたのです。
舌が狂っている、そう認めざるを得ませんでした。
最初につけた白菜漬けは、確かに美味しくありませんでしたが、昆布が足りなかったり、乳酸発酵が進んでいなかったり、いくつかの原因についてトライ&エラーしていくうち、本当の漬物の美味しさを再発見することができました。
うまく漬かった白菜は、しゃりっとした歯応えが小気味よく、塩味と酸味、そして昆布の旨味と、鷹の爪の辛味でバランスよく味が引き締まっています。また香りも発酵臭が食欲をそそり、舌に残る添加された妙な旨味は一切必要ありませんでした。
熱々の白いご飯に、ちょっと醤油をつけた白菜漬け。
究極、これに勝る日本食はないのではないでしょうか。
いまの便利な生活で、本当の味を見つけるのは難しいかもしれません。
しかしちょっとだけ立ち止まって、疑ってみてもいい。
なぜ美味しいと思うのだろうか、と。
例えば、マヨネーズはどうして腐らないの?
例えば、肉まんはどうしてフカフカなの?
例えば、黒い炭酸飲料は何からできているの?
だれもが当たり前に受け入れてしまっているものにちょっと気を留めて、探究してみてはどうでしょう。
例外なく、思いもよらない物語が、当たり前のものの中に隠されていますから、僕はもう一生退屈することなんてありません。
来年も、これからも、ずっと食の本当を探していく旅に出ようと思います。
さあみなさんも、一緒にどうですか?
田中友規
料理家・漬物男子
東京都出身、京都府在住。真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
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