こんにちは。料理人の庄本彩美です。
本日は莢(さや)が空に向かって伸びることで名前がついた「空豆」についてのお話です。
「箱入り娘」
空豆にはこの言葉がぴったりだと思うのは私だけだろうか。
隙間なく実が詰まっている、うすいえんどうとは異なり、空豆は莢の中でおたふく型の実がゆったり寝そべっている。寒さや乾燥から実を守るためのワタは、まるでふかふかのベッドのようだ。
自分で莢をむいた時には、空豆の実への過保護っぷりに感動した。
しかし、その大きさの割に実が少ないのが少し寂しい。
莢のふくらみから想像し「これはふたつ入っているな?」と開けてみるも、実がひとつしか入っていないこともしばしば。
作り手の農家にとっても、単位面積当たりの収穫量が低く、あまり旨味がないらしい。売れ行きが安定しているサヤエンドウや、実も莢も食べられるスナップエンドウに力を入れることも多いようだ。
日本の空豆の収穫量は徐々に減っており、お店でも一年中冷凍枝豆が幅を利かせ、空豆の出番は年々、狭められている。
空豆は、地域によっては“四月豆”、“五月豆”、“夏豆”など、収穫される季節にちなんだ名前が付けらることもあるようだ。季節性の高い野菜で、おいしい時期は4~6月。
「美味しいのは収穫して3日間」と言われるくらい鮮度が命の野菜だ。
大相撲が行われる両国国技館では「やきとり」が有名だが、五月場所では「塩茹で空豆」も常連客に人気だそう。この五月場所をピークに空豆から徐々に枝豆へと、市場の売れ筋商品は切り替わっていくという。
空豆の実を観察してみると、縁の凹んだ部分に真っ黒な線が引かれているものと、そうでないものに出会うことがある。
ここは「珠柄(しゅへい)」といって、莢と実を結ぶ部分だ。ここを通して莢から実へ栄養を送っている。繋がっている間は緑色をしており、旬の終わりに近づくと外れ、時が経つと酸化して黒くなるそう。私たちは時期によって、成長過程の異なる空豆をいただいている。
これは言わば、空豆の「へその緒」だ。
母から栄養が送られている間は瑞々しく、しっとりとした食感をしている。薄皮もまだまだ柔らかい。栄養を十分にもらった後、へその緒が外れると、独り立ちの準備を始める。十分に糖が貯蔵され、糖がでんぷんに変わった実の食感は、ほくほくしている。
ちなみに、この部分は「お歯黒」とも呼ばれる。空豆が日本で広まったと考えられている江戸時代は、既婚女性の中でお歯黒が一般的になった時期でもある。
台所で空豆をむいたお歯黒の女性が、自分と空豆を重ねて見ていたのかもしれない。
空豆の成長段階によってその特徴は違う。このことを知ると、私たちの料理の選択肢も増え、空豆はさらに美味しく輝くのだ。
出始めのものは湯がいたり焼いたりしてシンプルに楽しみ、旬の終わりには豆板醤を作るのが、私のこの時期の楽しみとなっている。
自家製の豆板醤は、空豆、麹、唐辛子、塩のみで作る。味噌作りの要領と同じで、大豆が空豆に代わり、唐辛子が追加されたものである。
市販の豆板醤と比べて手作りのものはコクが深く、辛さが馴染んでいて主張しすぎない。料理に合わせやすく、私にとって欠かす事のできない、毎年の仕込みものとなっている。
4月の終わりになると、実家から空豆が少しずつ送られてくるようになる。
私は「箱入り娘たち」が来るのが楽しみでならない。その成長を楽しむが如く、最後まで旬を追いかけてしまうのだ。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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