こんにちは。気象予報士の今井明子です。
皆さんは雲海を見たことがありますか? 雲海とは足元に一面に広がる雲のことをいいます。まるで海のように広がるから、雲海と呼ばれるのですね。これを目の当たりにすると、文字通り自分が「雲の上の人」になったような錯覚を起こして、根拠もないのにこの世を制覇したような気分になってしまうのは、私だけでしょうか。
雲海を最も簡単に見る方法は、なんといっても飛行機に乗ることです。しかし、これはお金がかかるし、かなりの確率で見られるので、「課金しました」感があります。それに比べると、山の上からふもとを見下ろしたときの雲海は、珍しいのでかなり得した気分になれるのではないでしょうか。
私が今まで見た雲海の中でもっとも印象的だったのは、富士山の頂上から見た雲海でした。頂上の火口のまわりを步く「お鉢巡り」のとき、雲海に富士山の影が映る「影富士」を目にすることができました。さまざまな条件が重なったときにしか見られない絶景を目の当たりにし、「これはすごい…」と思わずため息が漏れたものです。
この頃は、気象予報士試験の勉強を始める前だったので、富士山の頂上というのは雲より高い位置にあるのだと漠然と考えていました。だってほら、童謡の「ふじの山」の歌詞には、「頭を雲の上に出し」とありますからね。
しかしそれは間違いなのです。雲はさまざまな高度で発生し、標高3776mの富士山の頂上から見下ろす形で見られる雲は、層雲や層積雲と呼ばれる最も低い高度にできる雲でした。だから、雲の頂上が高度1万m近くにまで到達するような分厚い積乱雲が発生したら、富士山は山頂であろうと雲の中ですし、山頂にいても落雷のリスクがあります。「雷様を下に聞く」とは限らないのですよね。
さて、わざわざ富士山の頂上に登らなくても、全国には雲海の名所がたくさんあります。特に多いのは、山の展望台から盆地を見下ろすような形の場所です。このとき出ている雲海は、もしかしたら盆地にいる人にとっては霧かもしれません。霧とは地面に接した雲のことだからです。
そしてこの場合の霧は、放射霧と呼ばれるものであることが多いです。放射霧は、風の弱い晴れた日の早朝に、放射冷却でキンキンに冷えた地面と接する空気が冷やされ、その空気中の水蒸気が水に変化することで発生する霧です。盆地は冷気が地表付近にたまりやすく、逃げていきにくいため、放射霧が発生しやすいのです。
放射霧は、日が高くなり、気温が上がると消えていきます。気象条件や時間など、いくつかの条件が重ならないと発生しないので、旅行で雲海を狙いに行っても実際に見られるかどうかは神頼みです。しかし、晩秋は放射霧が発生しやすい季節なので、運が良ければ雲海に出合えるかもしれませんね。
今井明子
サイエンスライター・気象予報士
兵庫県出身、神奈川県在住。好きな季節はアウトドア・行楽シーズンまっさかりの初夏。大学時代はフィギュアスケート部に所属。鯉のいる池やレトロ建築をめぐって旅行・散歩するのが好き。
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