こんにちは。俳人の森乃おとです。
暮春から初夏にかけて、季節の移ろいを感じさせてくれる植物の一つに、可憐な花を枝いっぱいに咲かせるヤマブキ(山吹)があります。花色は「山吹色」の由来となった少し赤みを帯びた鮮やかな黄で、優美な花姿とともに、万葉の時代より日本人に観賞されてきました。
「日本の春は梅に始まり、 山吹で終わる」
ヤマブキはバラ科ヤマブキ属の落葉低木。北海道南部から九州まで広く分布し、渓流沿いの斜面や林地に自生します。樹高は1~2m。幹はつくらず、根から細い枝が叢生します。
花期は4~5月。新しい枝の先端ごとに径3~4㎝の花を一個ずつつけます。花には5弁花の一重咲きと、庭木として改良されてきた八重咲きがあります。
そして「日本の春は梅に始まり、山吹で終わる」といわれるように、花が散る頃に輝かしい夏が到来します。
奈良時代に編纂された『万葉集』には、ヤマブキを詠んだ歌が17首も収録されていて、いかに愛された花だったかを知ることができます。
その中でも有名な歌に、天武天皇の第一皇子だった高市皇子が、異母妹の十市皇女(とおちの・ひめみこ)の死を悼んだ挽歌があります。
歌意は「ヤマブキの花が傍らで美しく咲く、山の清水よ。命を蘇らせるというその水を汲みに行きたいけれども、道を知らない」――。
古代最大の内乱「壬申の乱(672年)」で、高市皇子は父・大海人皇子(天智天皇の弟で、後の天武天皇)を支え、天智天皇の後継者である大友皇子への反乱に加勢しました。十市皇女は大友皇子に嫁いでおり、実父と夫との間の皇位をめぐる争いに巻き込まれることになります。父の勝利と夫の自害で終わった乱の6年後、皇女は急死したと伝えられます。
黄色いヤマブキが美しく咲く山中の清水には、亡き人が住むという黄泉(よみ)の国と、命を蘇らせるという伝説の泉のイメージとが重なります。高市皇子の深い慟哭と鎮魂の祈りが伝わってくるようです。
ところで「山吹」といえば、太田道灌(おおた・どうかん)の伝説が有名です。道灌は、江戸城を築いた室町時代の武将。
鷹狩りにでかけて雨に降られ、駆け込んだ農家で雨具の蓑(みの)を貸してほしいと頼みます。すると若い娘が出てきて、盆にのせたヤマブキの枝を無言で差し出しました。
道潅は馬鹿にされたと思い、腹を立てて立ち去りました。後日、和歌に詳しい家臣から、「高名な歌を引き合いに、蓑一つない貧しさをヤマブキに例えて詫びたのでしょう」と教えられました。それが『後拾遺和歌集』(1086年)に収録された兼明親王の和歌です。
雨の日、客に蓑を求められ「ヤマブキは七重、八重と花はたくさん咲くけれども、実の一つもならない(貸せる蓑が一つもない)のが悲しい」と軽妙に断った内容です。道灌は自身の教養のなさを恥じて、歌道に励んだということです。
実際に、八重咲きのヤマブキは、雄しべも雌しべも花弁に変化していますから、実はできません。しかし一重咲きの野生種は、秋に長さ5㎜ほどの、黒光りした実を3~5個つけます。
古名は「山振」、別名は「面影草」「鏡草」
ヤマブキの花言葉は「気品」「崇高」「金運」です。きらびやかで、絢爛豪華な花の色が「気品」と「崇高」につながりました。「金運」は黄金の山吹色から。「山吹」は、江戸時代には金貨、それも主として一両小判を指す隠語として使われました。
高市皇子の歌にあるように、ヤマブキの古名は「山振」。花をつけた枝が山中で風に揺れている様子から「ヤマブリ」と呼ばれ、それがなまって「ヤマブキ」になったといわれます。
またヤマブキには「面影草(おもかげぐさ)」「鏡草(かがみぐさ)」という風雅な別名もあります。室町時代の歌学書『蔵玉(ぞうぎょく)集』には、その由来が記されています。
昔、愛し合う男女が別れることとなり、お互いの面影を鏡に映して地面に埋めました。 やがて、その場所からヤマブキが生えてきたのだそうです。
ヤマブキは、恋しい人の面影をしのばせ、再会を祈らせる花なのかもしれません。
ヤマブキ(山吹)
バラ科ヤマブキ属
学名:Kerria japonica
英名:Japanese kerria
バラ科ヤマブキ属の落葉低木で、日本・中国原産。花期は4~5月。属名の「Kerria(ケリア)」は、中国からヤマブキを導入した英国王立植物園(キュー・ガーデン)の植物学者の名にちなむ。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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