今日の読み物

読み物

お買い物

人気記事

特集

カート内の商品数:
0
お支払金額合計:
0円(税込)

アイ

旬のもの 2023.10.23

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

こんにちは、俳人の森乃おとです。

10月も下旬となり、秋空の青さが澄みわたる季節となりました。空の下では五穀豊穣を祝う祭りと神輿の巡回が行われます。担ぎ手たちはおそろいの藍染めの印半纏(しるしばんてん )や半被(はっぴ)を着込み、その顔には日本の秋を寿ぐ喜びが満ちています。

6世紀ごろ中国経由で渡来

この印半纏や半被を青く染めるのに使われている植物が、アイ(藍)です。タデ科イヌタデ属の一年草で、東南アジア原産。日本には6世紀ごろ、中国経由で渡来したとみられます。
外見は「赤まんま」と呼ばれ親しまれている雑草のイヌタデによく似ていますが、葉を傷つけてみると、両者の違いがはっきりわかります。アイの茎や葉にはインディゴという青い色素成分が大量に含まれているため、傷口から青い液が滲み出します。和名は「青(あお)」がなまったという説が有力です。

藍染めの原料となるタデ科の植物であることから、タデアイ(蓼藍)やアイタデ(藍蓼)という別名もよく使われます。
草丈は50~100㎝。花期は8~10月で、茎の先ごとに、ピンクの米粒ほどの小花が集まった長さ5㎝ほどの花穂をつけます。小花に花弁はなく、5裂した萼(がく)を持ちます。

エジプトの古王朝ですでに使われていた

藍染めは人類史上もっとも古い染色法と言われ、紀元前2500~1200年のエジプトの古王朝時代の遺跡からは、ミイラを巻いた青い亜麻布が見つかっています。美しいだけでなく、殺菌性・消臭性・耐火性などが高いことから、早くから注目されていたようです。
藍染めの原料にはインディゴを含有するさまざまな植物が使われ、その数は世界中で100種類を優に超えます。

日本や中国で使われるのはアイですが、藍染めの本場インドでは、古代からマメ科コマツナギ属の低木から藍が採取され、ギリシャ・ローマ地域に輸出されていました。インディゴという言葉は、文字通り「インドの藍」が起源です。
中世ヨーロッパではアブラナ科のウォード、沖縄ではキツネノマゴ科のリュウキュウアイ(琉球藍)が使われました。

「青は藍から出て藍より青し」

インディゴは水溶性ではないので、染料とするためには多くの工程を必要とします。
アイの場合、刈り取り期は7月と9月の年2回。直ちに幅1~2㎝に刻み、天日で乾燥させ、75~90日ほど甕(かめ)に漬け込んで発酵させます。さらに臼で引き、突き固めて藍玉(あいだま)を作ります。こうして、インディゴは水溶性のインドキシルに変わります。

藍玉は腐葉土のような黒ずんだ色ですが、水に触れると鮮やかな青色が溶け出します。
紀元前4世紀末の中国の思想家・荀子(じゅんし)はここから、絶え間なく学問に励む必要を説き、「青は藍から出て藍より青し」という格言を残します。弟子の学問や技量が師匠を上回ることを指し「出藍(しゅつらん)の誉れ」とも言います。

日本を象徴する美しき「ジャパン・ブルー」

アイの栽培が最も盛んだったのは、江戸時代から明治時代の前半にかけて。
1875年、日本に招聘されたイギリス人化学者ロバート・ウィリアム・アトキンソンは「日本では全国至るところで藍色の衣装を見た」と記し、「ジャパン・ブルー」と称えます。
また、1890年来日の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も、『日本の面影』の冒頭「東洋の第1日目」の中で、次のように感慨を書き留めています。

「青い屋根の小さな家屋、青いのれんのかかった小さな店舗、その前で青い着物姿の小柄な売り子が微笑んでいる」「見渡すかぎり幟が翻り、濃紺ののれんが揺れている」――。

しかし、明治後半になると安価なインド藍が輸入され、さらにドイツでインディゴが化学合成されたことから、アイはほとんど栽培されなくなりました。それどころか、第二次世界大戦中には、食糧増産の観点から、アイの作付けそのものが禁止されたのです。
しかし、主産地だった徳島県の藍農家は、林の中で密かに栽培を続け、アイを守り抜き、その色味・風合いを現代につなぎました。

花言葉は「美しく装う」「あなた次第」

アイの花言葉は「美しく装う」「あなた次第」。
藍染は、藍液に浸した糸や生地を水で洗って空気にさらす作業を繰り返します。そしてその工程の中で、青に濃淡が生まれます。

1回染めは甕をちょっと覗(のぞ)いた程度という意の「甕覗(かめのぞき)色」、3〜4回は「浅葱(あさぎ)色」。7〜8回は「納戸色」。9〜10回は「縹(はなだ)色」、16〜18回は「紺」。そして19〜23回染めはもっとも濃い「褐色(かっしょく、かちいろ)」のという順に濃くなっていきます。

まさに花言葉のように、「あなた次第」にいかようにも「美しく装う」ことができるのです。
古来、日本の暮らしに溶け込んでいた「藍」。この秋はそのたたずまいに思いを馳せ、手に触れ身にまとい、植物から与えられる豊かな恵みに感謝したいと思います。

アイ(藍)/タデアイ(蓼藍)/アイタデ(藍蓼)

学名 Persicaria tinctoria
英名 indigo plant
タデ科イヌタデ属の一年生草本 。東南アジア原産。6世紀ごろ中国を経由し渡来。 茎は紅紫色で、葉は長楕円形。 秋、穂状に赤い小花をつける。 インディゴを多く含み、藍染めの原料となる。

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

記事一覧