こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
「そろそろ梅雨入りかなあ~」と気になり始める頃、思いがけない晴天に恵まれる日があります。そんな貴重な晴れ間を逃す手はありません。私はなんとか都合をつけ、早朝だけでも鳥を見に出かけます。目的地は自宅から車で30分ほどの距離にある水田地帯。ちょうどこの時期は、草原の鳥たちがさえずりを聞かせてくれるベストシーズンで、水田地帯に点在する草地のあちこちで楽しげに歌っている鳥の姿を目にすることができるのです。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」「チャチャッ、チャチャッ、チャチャッ・・・」
ヨシのてっぺんで賑やかに鳴くオオヨシキリを見ていると、こんな声を出しながら、頭の上を飛び回る小鳥に気がつきました。これが今日紹介するセッカです。
セッカは、大きさが13cmほどの小さな鳥。河川敷や水田などの草が茂る開けた場所で見られます。セッカと同じなかまは世界に53種いますが、そのどれもがアフリカに分布する鳥たちです。
しかし、セッカとタイワンセッカの2種だけは広域に分布し、なかでもセッカは、北アフリカからヨーロッパ南部、中近東、インド、東南アジア、オーストラリア北部、日本までのそうとう広い範囲に生息する鳥なんです。日本では本州以南に分布し、北海道や伊豆諸島にはいません。また、本州でも日本海側に少なく、太平洋側に多い傾向があり、南西諸島では数多くのセッカに出会います。アフリカにルーツを持つ鳥なので、寒さが苦手なのでしょう。そのため、分布の北限にあたる東北では、暖かい時期にしか見られない夏鳥となっています。
セッカって、ちょっと変わった名前ですね。漢字では雪加と書きます。江戸時代中期には既にそう呼ばれていたそうですが、名前の由来はよくわかっていません。一説によると、巣材となるチガヤの真っ白い穂をくちばしにくわえている姿が、あたかも雪をくわえているように見えることからの命名ではないかと言われています。確かにそう言われてみれば、そんな感じに見えなくもないです。
この鳥の一番の特徴は、なんといっても前述した鳴き声と飛び方でしょう。オスは、繁殖期の5月から8月まで、草原の上を「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・」と澄んだ大きな声で連続的に鳴きながら飛んで上昇し、「チャチャッ、チャチャッ、チャチャッ・・・」と舌打ちするような声を出しながら下降します。これがセッカの縄張りソングで、この行動を繰り返しながら草原の上を飛び回ります。そして、メスがやってくると「チャチャッ、チャチャッ、チャチャッ・・・」とメスの上を飛びながら求愛ディスプレイをおこないます。
もう一つ、セッカには興味深いことがあります。それは婚姻形態が一夫多妻であること。鳥の多くは一夫一婦なのですが、セッカの場合は一夫四妻ぐらいはざらにいて、なんと一夫十一妻というオスまで確認されています。まあ、これはかなり極端な例で、一夫多妻になれるのは全体の約4割、3割は一夫一妻、残りの3割は独身だったというのですから、オスのモテ方にはかなりの差があるようなのです。
一夫多妻というと、オスが少なくてメスが多いように思えますが、実際にはオスとメスの数には差がないと考えられています。それなのに一夫多妻とは変ですね。ちょっとこれは複雑な話なのですが、まず、オスはメスを呼ぶために草に巣を作ります。そして、その巣をメスが気に入れば、婚姻成立。めでたくつがいになります。しかし、オスの子育て参加はそこまで。あとはメスに任せっきりなのです。オスはまた新しく巣を作り、新たなメスを呼びます。この繰り返しで、セッカのオスは連続的に一夫多妻になっているのです。あるオスは、1シーズンになんと20個も巣を作ったとか。
しかし、こんなに努力をしても7割は繁殖に失敗するそうで、失敗したメスは違うオスのところへいって繁殖をやり直します。ですから、メスから見れば一妻多夫になっているわけで、雌雄の数は変わらないのです。鳴きながら飛んでいる姿はなんだか楽しそうに見えますが、その裏にはこんなたいへんな暮らしがあったとは、いやはや生きもの世界は厳しいものですね。
写真提供:柴田佳秀
柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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