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フヨウ

旬のもの 2024.08.10

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

梅雨が明けた7月の下旬頃から、大輪の白やピンクのフヨウ(芙蓉)の花が毎日咲き続けています。朝開いて夕には萎んで落ちてしまう「一日花」で、翌日の明け方にはもう新しい花が開き始めています。

花期の長い5弁の一日花

フヨウはアオイ科フヨウ属の落葉低木です。原産地は中国中部といわれ、台湾や日本の九州・中国地方と沖縄でも野生化した姿が見られるそうです。花が美しいので、関東以南で庭木や街路樹として植えられています。

樹高は1~4mと低いのに、花径は10~15㎝ほどもあります。花期は8~10月と長く、花色は白、赤、ピンク、朱と、清楚かつ艶やか。ムクゲやハイビスカスなど同属の花と同じく、5枚の大きな花びらを持つ5弁花です。

また、多数の雄しべの花糸が融合して1本の筒になり、花の中心部から突き出していることも、同属の花と共通。雌しべの柱頭はその筒を貫いて、先端から顔を出します。特にフヨウの花は、5弁が緩やかに旋回して、お椀形に隙間なく重なりますので、受信器を備えたパラボ
ラアンテナのような風情になります。

「芙蓉」は中国ではハスの美称、美人の形容

「芙蓉」は中国ではハス(蓮)の美称であり、同時に、蓮の花のように美しい女性を指すのに使われます。唐代中期の詩人・白居易(772―846)が、楊貴妃の悲劇を詠った『長恨歌』(ちょうごんか)の中で、彼女の美しさを芙蓉に例えたのが有名で、日本の平安時代の『源氏物語』や鎌倉時代の『平家物語』にも影響を与えました。

アオイ科のフヨウを指すときには「木芙蓉(もくふよう)、ハスを指すときには「水芙蓉(すいふよう)」とわざわざ書き分けて区別しました。

それでは、ハスの花を意味した芙蓉が、アオイ科のフヨウを指すようになった転換期はいつなのでしょう。おそらく室町時代後期の15世紀ではないかと考えられています。
木の花としてのフヨウが、書物に登場するのは。関白・一条兼良(いちじょう・かねよし、1402―81)が編纂した『尺素往来(せきそ・おうらい)』が初めて。「往来」物とは、さまざまな事物の初歩的解説書で、この中で、花を愛でるために植えられる24種の木にフヨウが含まれており、この頃に栽培が始まったと考えられます。

枝ぶりの 日ごとにかはる 芙蓉かな――松尾芭蕉

夏の茶花としても欠かせないムクゲは、花の姿や咲く時期がフヨウと重なり、混同されがちです。同属とあって、接ぎ木も可能です。
花期はムクゲの方が7~10月とやや早く、花の大きさはムクゲの径5~7㎝に対して、フヨウは10㎝以上になります。5弁の一日花であることは同じ。

もっともも分かりやすい違いは、葉の大きさです。フヨウの葉は15~20㎝と大きく、幅の広いモミジのような形をしています。一方、ムクゲの葉は長さ5㎝ほどと小さく、楕円形で先端が3裂しています。
樹形も見分ける材料になります。ムクゲの木は垂直に上へ伸びていきますが、フヨウは花をつけながら、横にふくらんでいきます。芭蕉の句は、そのような観察を詠み込んでいます。

わが息を 芙蓉の風に たとえますな 十三弦を ひと息に切る――山川登美子(やまかわ・とみこ/1879―1909)

明治の浪漫派歌人・与謝野鉄幹(よさの・てっかん)の愛を、その妻となる与謝野晶子(よさの・あきこ)と張り合った山川登美子の鮮烈な歌です。
フヨウの花言葉の「繊細な美」「しとやかな恋人」には、芙蓉がおとなしい美人の代名詞だった時代の痕跡が濃厚に漂っています。

登美子は「芙蓉をば きのふ植うべき 花とおもひ 今日はこの世の 花ならずと思う」という鉄幹から贈られた思わせぶりな歌に、琴の弦をひと息に断ち切るほどの激しい思いでいることを高らかに宣言したのです。それが愛なのか、悲しみなのかはわかりませんが。

ところで、朝の咲き始めは白ですが、午後から次第に赤みが差し、最後は濃いピンクになって散る「酔芙蓉(すいふよう)」という突然変異種もあります。多くは八重咲で、アントシアニンという色素の合成が進むためと考えられます。花言葉は「心変わり」です。

フヨウ(芙蓉)

学名Hibiscus mutabilis
英名Cotton rosemallow
アオイ科フヨウ属の落葉低木。原産地は中国中部。台湾と日本の九州・中国・沖縄に分布。樹高は1~4m。花期は8~10月。花径10~15㎝の5弁化は一日花。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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