こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
今から30年ほど前、8月のお盆に義母の故郷である白神山地の麓の街を訪ねたことがあります。その時の夜、そろそろ寝ようかと電気を消し、横になってからしばらくすると、裏山から不思議な音が聞こえてきました。
「キョキョキョキョキョキョキョ....」
これが今回、紹介する鳥のヨタカの声なんです。夜、暗くなるとちょっと鳥とは思えない金属的な声を一定のリズムで連続して長く発する不思議な鳴き方をします。どんな声か気になる方は、動画共有サイトで「ヨタカ・声」で検索して聞いてみると良いかも知れませんね。ちなみにこの声は、オスが縄張り宣言の目的で出していると考えられています。
ヨタカは、大きさ29cm、九州以北の山の森に渡来し子育てをする夏鳥です。夜行性で、暗くなると空を飛び回り、その姿がタカに似ているのでこの名前になったとか。日本では、平安時代にすでに呼ばれていたそうで、おもしろいことに英名もNighthawkと夜鷹なので、古今東西、みんな連想することは同じなのでしょう。ただ、タカとは類縁関係はなく、現在の分類ではアマツバメやハチドリに近い仲間と考えられています。
ヨタカといえば、多くの方が宮沢賢治の童話「よだかの星」を連想するのではないでしょうか。その書き出しには、「よだかは、実にみにくい鳥です。顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしが平たくて、耳までさけている」とあります。
実際のヨタカは、全身が木の皮の色にそっくりな灰褐色のまだら模様。体のあちこちに茶褐色の斑紋があるので、味噌をつけたと表現したのでしょうね。醜い鳥とさんざんな書かれようですが、このまだら模様は、素晴らしいカモフラージュ効果を生み出します。昼間は木の枝に沿うようにとまり、まるで木の瘤のよう。あまりの変装ぶりに見つけるのは極めて困難なのです。また、くちばしが平たくて、耳までさけているのは、大きな口が捕虫網のような働きをするから。口を開けて飛び回り、食べものである昆虫を効率良く捕らえることができます。このような行動から、ヨタカを「蚊食い鳥」とか「蚊吸い鳥」と呼んでいた地方もありました。
日本へヨタカが来るのは、子育てをするためです。驚いたことに巣を作らずに、卵は直接地面にゴロンと産みます。なんだか卵が落ちているのように思えますが、これがヨタカのやり方なんです。たいていは親鳥が乗ってあたためていますから、卵が見えることはないので大丈夫なのでしょう。そして、親鳥の体の色は、カモフラージュ効果抜群なので抱卵中も天敵に見つかりにくくなっています。
夏の夜に遠くから聞こえてくるヨタカの声は、なかなか趣があるものなのですが、近くで聞く場合は話が別です。私は1度だけ、自分が寝ているテントの真上で鳴かれたことがあり、あまりのうるささにびっくり仰天した経験があります。最初は、「おっヨタカ!」なんて喜んだのものの、まるで大音量の電子音を耳元で鳴らされているかのようで頭にグワングワン響くのです。しばらくすると鳴き止んでホッとしたのもつかの間、また、鳴き出し、結局、一晩中断続的に鳴き続け、ほとんど眠れませんでした。
日本で見られるヨタカ科の鳥は、ヨタカの1種だけですが、世界には熱帯地方を中心に97種がいる意外と大きなグループです。ただ、どの種も宮沢賢治の言葉を借りれば実に醜い姿をしているのは同じです。しかし、なかには奇妙奇天烈なかっこうをしている種があり、特にアフリカに棲むラケットヨタカのオスは、繁殖期になると翼の左右の羽根の1枚が長く伸びて、バトミントンのラケットのような形の飾り羽があります。夕方になると飛びながら、その羽根をひらひらとなびかせる求愛のディスプレイをするそうで、いつかはその光景を自分の目で見てみたいと願っています。今、私が一番見たい鳥の一つなのです。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
