こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
30年くらい前のお正月に、友達とおめでたいツルを見に行こうということになり、赤いツルのマークの飛行機に乗って、九州の鹿児島へ向かいました。「あれ?ツルを見るならば北海道じゃないの」と思われるかもしれませんが、鹿児島もツルの一大生息地なんです。

じつは日本って、世界有数のツルが棲む国だということを、ご存知でしょうか? 世界にツル科の鳥は15種いるのですが、そのうちの7種が日本で見られます。ただ、日本に一年中ずっといて繁殖をするのは、北海道に棲むタンチョウの1種だけで、それ以外は越冬の為に日本へ渡ってくる冬鳥。その最大の越冬地が、鹿児島県の出水平野なのです。とにかく世界屈指のツルの越冬地ですから、国の特別天然記念物に指定されているほどで、ツルを見るならば一番数が多くなる12月から1月がベストシーズンです。

今回、紹介するナベヅルは、その出水平野で越冬するメインのツルで、その数は2024年1月のカウントで9,538羽。これは世界中のナベヅルの8~9割にあたると言いますから驚きです。また、ここには約3000羽以上のマナヅルや、少数のクロヅル、カナダヅルが毎年越冬しているため、海外のバードウォッチャーにとって、九州でツルを4種見てから、北海道でタンチョウの1種を見て回るのが黄金コースなんだそうです。

ナベヅルは、全長100cmでツルとしては小型です。雌雄同色で、頭のてっぺんは羽毛がはえておらず赤い皮膚が露出していて、顔と首は真っ白。体は濃い灰色をしています。この体の色が、黒く煤けた鍋の色を連想することから、ナベヅルという名前がつきました。しかし、そう呼ばれるようになったのは江戸時代からで、それまではクロヅルと呼ばれていたそうです。

主な繁殖地は、ロシア東南部のハバロフスクやヤクーツクあたりで、木々に囲まれた湿原に巣を作り子育てをします。そして、繁殖を終え、秋になるとナベヅルは朝鮮半島を経由して、だいたい10月中旬以降に越冬地の出水平野に姿を見せるのです。
ところで、ナベヅルはどうして出水平野に集中するのでしょうか。ここには、江戸時代からツルが来ていたのですが、数が増え出したのは1952年に国の特別天然記念物に指定され、給餌が始まってからです。また、ねぐらとなる浅く水を張った水田を整備したこともあります。

じつは江戸時代まで、ナベヅルは日本各地で越冬しており、九州限定の鳥ではありませんでした。ところが明治時代になると狩猟で捕られたり、生息できる環境がなくなったりして姿を消していき、いつしか山口県と鹿児島県でしか越冬しなくなってしまったのです。その後、山口県の越冬地にはほとんど来なくなり、鹿児島県の出水平野だけに一極集中する状況になっています。

千羽鶴ならぬ万羽鶴が見られる光景は、なかなか圧倒されるものがありますが、喜んでばかりはいられません。世界のナベヅルの約8~9割、マナヅルは約5割が集中するこの場所で、もし伝染病が蔓延し大量死が起これば、一気に絶滅してしまうこともじゅうぶんあり得ます。実際にここ数年、高病原性鳥インフルエンザが発生し、多い年には約1,000羽ものツルが命を落としているのが現状です。また、ツルは植物のタネを食べる習性があり、農作物に被害を及ぼすこともあります。多くのツルが集まるとそれだけ農業被害を拡大することにもなるので、この点からも越冬地の分散化の必要性がいわれています。

とにかく一極集中は絶滅の高いリスクがあるので、なんとか他の地域に越冬地を産み出すことが急務です。そこで環境省や環境保護団体によって、九州や中国地方、四国の各地にツルの新たな越冬地をつくりだす試みが行われており、いくつかには既にツルが渡来するようになっています。自然相手なので、なかなか思うようには進んでいないようですが、一刻も早く日本各地でナベヅルの姿が見られるようになり、今の危険な状況から脱してもらいたいと私は願わずにはいられません。


柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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