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オモト

旬のもの 2025.01.28

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

一年でもっとも寒さの厳しい季節です。小鳥が種子を運んできたのでしょうか、いつの間にか庭の片隅で一株のオモト(万年青)が、赤い実の付いた細長い茎を根元から立てています。濃緑の大きな葉と赤く熟した艶やかな実のコントラストが美しく、まるで灯火のようにも思えます。

万年も青々と葉を広げる縁起物

オモトはキジカクシ科スズラン亜科オモト属の常緑多年草で、日本、中国、台湾、朝鮮半島に分布。日本では、本州の宮城県以南と九州、四国の山地の暖帯林地に自生しています。
オモトは有毒にしてかつては薬草として珍重されたといいます。また一年を通して枯れることなく、青々とした葉を広げることから長寿と繁栄を象徴する縁起物でもあり、中国では「万年青」(マンネンチェン)と呼ばれ、皇帝や貴族たちに愛されました。

日本でも、室町時代には花材となる観葉植物として好まれ、華道家元・池坊(いけのぼう)の「七種伝」という“伝花(でんか)”の一つとなります。ちなみに七種伝は、芭蕉(バショウ)、蓮(ハス)、万年青(オモト)、椿(ツバキ)の一輪生け、牡丹(ボタン)、朝顔(アサガオ)、水仙(スイセン)の七つ。

さて、江戸・明治期の熱狂的な園芸ブームの対象になった植物は「古典園芸植物」と呼ばれますが、オモトはその代表格。人気の高まりは、徳川家康が慶長11(1606)年、駿河から江戸城本丸に入城した際、臣下から3鉢のオモトを贈られことからはじまります。家康はそのオモトを非常に気に入り、床の間に飾りました。

徳川家ゆかりの静岡市の久能山東照宮や、東京・上野寛永寺の東照宮の欄干には、美しく彩色されたオモトの彫刻が残されていて、徳川将軍家がいかにオモトを大切にしてきたかが伝わってきます。

将軍家のお気に入りであることから、特に武士階級ではオモトは「勝利を呼び込む植物」として重宝され、現在でも正月の飾り物や贈り物として用いられています。

カタツムリが受粉を媒介、種まきは小鳥が手伝う

ところでオモトの葉は、すべて根から出る根出葉(こんしゅつよう)で、長さ30~50㎝の針型。表面に毛はなく、分厚くて光沢があります。初夏に8~18㎝の花茎を伸ばし、径10~13mmの淡黄色の小さな花を15~30個つけます。

花は5カ月ほどかけてゆっくり成熟し、晩秋から初冬に赤く熟します。餌が少ない寒い季節、汁がたっぷりのオモトの液果は小鳥たちにとっての貴重な食料となり、白い種子が鳥によって散らされ、思わぬところから生えていきます。
また、オモトは「蝸牛(かぎゅう)媒花」と呼ばれる特殊な虫媒花です。チョウやハチではなく、カタツムリやナメクジなどの陸生貝類が這いまわって受粉を媒介します。

2千種を超える新品種

観葉植物としてのオモトの栽培は、現在でも根強い人気があります。毎年新品種が創り出され、2011年に設立された公益社団法人「日本おもと協会」が品種登録および啓発活動を担っています。品種の数は2千種を超えるそうです。

品種改良のポイントは、「葉芸」と呼ばれるさまざまな葉の形の変異。葉が渦巻いている「獅子系」、付け根が左右対称にきれいに重なる「大黒殿系」など、葉の形のほか、「斑(ふ)」の入り方、葉の大中小などに細分されます。

オモトは栽培し続けると、4~5年で新株が1~2本分離します。これを栽培すると希少種の形質がそのまま保全されます。種子から栽培すると、せっかくの貴重な形質が消えてしまうことがあるそうです

万年青の実 生涯あらたなる 一歩――野澤節子(のざわ・せつこ/1920-1995)

オモトは常緑であり葉先が鋭いことから邪気を払う「縁起草」とも呼ばれ、花言葉も「長寿」「永遠の繁栄」「崇高な精神」「母性の愛」などありがたいものばかり。初代将軍が江戸城への引っ越しの際にオモトを持ち込んでより、江戸幕府は300年にわたって繁栄しました。

そのため、「引っ越しの際、他の荷物に先立って、オモトを運び込むと運が開ける」といわれています。引っ越しの日が吉日に当たらない場合は、先に吉日を選んでオモトだけを持ち込んでおくと、その日に引っ越したことになるのだとか。

オモトの語源には諸説あり、葉に包まれた赤い実を母に抱かれた子どもに見立て、かつては「老母草(おもとぐさ)」や「母子(おもと)」とも表記されてきました。花言葉の「母性の愛」はそこから生まれたのでしょう。

野澤節子は、脊椎カリエスで長く闘病生活を続けた俳人です。掲句には不屈の闘志が込められています。ちなみに俳句の世界では「万年青の実」は冬の季語です。
2025年の立春は2月3日。邪を払い、福を招き入れるオモトの鉢を置き、あらたなる季節の幕開けの一歩を祝したいと思います。

オモト(万年青)

学名:Rohdea japonica
英名 Nippon lily
キジカクシ科スズラン亜科オモト属の常緑多年草。本州東北南部以南,四国,九州,沖縄,中国大陸に分布し,暖温帯林の林床に自生し、観葉植物としても鉢植えで栽培される。古典園芸植物の一つで、多くの園芸品種がある。地下茎は太くて、粗いひげ根をもつ。革質の葉は長さ30~50㎝の狭長楕円形で、先がとがる。春、葉の中心から高さ10~20㎝の花茎を出し、淡黄色の小さな花が穂状に集まって咲く。実は球形で赤く熟す。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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