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ラッパスイセン

旬のもの 2025.03.18

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

弥生3月、草木芽吹き花開く季節となりました。その中で、トランペットのように黄金色に輝き、香り高く咲き誇る花がラッパスイセン(喇叭水仙)です。日本人がサクラに春の到来を感じるように、ヨーロッパ、特にイギリスではラッパスイセンを春の象徴として、古来親しみ慈しんできました。

ヨーロッパに春を告げる「ダファディル」

ラッパスイセンは、ヒバンガナ科スイセン属の多年生球根植物で、原産は地中海沿岸地方です。ヨーロッパではスペイン、ポルトガルからドイツ、フランス、北はイギリスまで広く分布し、英名はⅮaffodil(ダファディル)。Wild daffodilとも。ヨーロッパの人々がスイセンとして思い浮かべるのは、春を告げてくれるこの「ダファディル」だといわれます。
季節の再生の象徴でもあり、キリスト教圏では復活祭(イースター)の時期には、教会の祭壇やテーブルのデコレーションに使われます。

さてスイセン属には約30種があり、いずれも地中海沿岸地方が原産。花弁とガクからなる6枚の花被片(かひへん)と、その中央に突き出した副花冠(ふくかかん)を持ちます。
スイセンの系統は大きく分けると、1本の茎に複数の花がつくフサザキスイセン(房咲き水仙)と、1本の茎に花が一つだけつくラッパスイセンの2種類となります。
12~2月の真冬に咲くニホンスイセン(日本水仙)は、シルクロードより中国を経由して漂着した、フサザキスイセンの変種です。

特徴はトランペットのように長い副花冠

ラッパスイセンは草丈20~40㎝。ニホンスイセンが咲き終わる頃の3~5月、垂直に伸ばした花茎の先端に黄または白の径3~7cmほどの花を、横向きに一つ咲かせます。副花冠は黄あるいは橙色で縁にはしわが寄り、不規則な鋸歯(きょし)があります。そして透明感ある香りを放ちます。

最大の特徴は、ほかのスイセンに比べて副花冠が長く、トランペット状になること。イギリス王立園芸協会(Royal Horticultural Society)では、副花冠の長さが花弁と同じか、それ以上のものを「ラッパスイセン」と定義しているそうです。

And then my heart with pleasure fills
And dances with the daffodils.
そして私の心は喜びに満ち溢れ、ラッパスイセンと共に踊る
――『水仙(The Daffodils)』より(ウィリアム・ワーズワース/1770~1850年)

ラッパスイセン=ダファディルといえば、イギリスを代表するロマン派詩人、W・ワーズワースの詩『水仙(The Daffodils)』がよく知られています。
ワーズワースは故郷である自然豊かな湖水地方を愛し、多くの詩を残しました。その中でも『水仙』は、イギリス人であれば誰しもが愛唱する国民的な詩の一つです。
この詩は、湖畔を散策中にラッパスイセンの群れと出合ったことから生まれたといわれます。風の中でいっせいに揺れるラッパスイセンのきらめきは、春が来た喜びそのもの。詩人の魂はその黄金色の光とともに、自然に踊り出したことでしょう。

ラッパスイセンはイギリスを構成する四つの国の一つ、ウェールズ公国の国花でもあります。毎年3月1日、ウェールズの守護聖人である「聖デイビッドの日」には、ウェールズ人はラッパスイセンとリーキ(西洋ネギ)の飾りを身につけてお祝いします。リーキもまた国花です。

アポロンのラッパ手 喇叭水仙は―― 高澤良一(たかざわ・よしかず/1940~)

ラッパスイセンの花言葉は、まず「尊敬」。これはウェールズの国花であることから。
ほか「あなたを待っています」「愛に応えて」。これらは、厳しい冬に耐え春の再来を待ちわびる人々の思いから生まれたのでしょう。

掲句は、ラッパスイセンを太陽神アポロンの馬車のラッパ吹きになぞらえて、春がいよいよやって来た喜びを、生き生きと詠んでいます。

さてギリシャ・ローマ神話ではラッパスイセンのお話が次のように語られています。
豊穣と農耕の女神デメテルの娘・ペルセポネがスイセンの花を摘んでいると、大地が割れて冥界の王ハデスが馬車に乗って現れ、地下の国に連れ去ってしまいました。ペルセポネの手からスイセンがこぼれ落ち、白かった花は黄色に染まりました。母である女神の悲嘆は激しく、地上の植物は枯れ果てていくのですが、主神ゼウスにより「娘は一年の半分を地上で母と共に暮らし、残りの半分を冥界で夫ハデスと共に暮らすこととする」と取り決められます。こうして地上に春夏・秋冬が生まれたのだとか。

ペルセポネが地上に戻る時期になると、女神の喜びが満ち溢れ、地上の植物はいっせいに芽吹きます。ペルセポネは冥府の女王にして春の女神。地上から姿を消し、季節が巡ると再び葉を伸ばして花を咲かせるラッパスイセンは、ペルセポネの美しい化身なのでしょう。

ラッパスイセン(喇叭水仙)

学名:Narcissus pseudonarcissus
英名 Ⅾaffodil ,Wild daffodil
ヒガンバナ科スイセン属の多年生球根植物で、地中海沿岸地方原産。西ヨーロッパを中心に広く分布。草丈20~40㎝。3~5月、垂直に伸ばした花茎の先端に黄または白の花を、横向きに一つ咲かせる。副花冠がラッパ状に長く、透明感ある香りを放つ。ウェールズの国花。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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