こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
今ではあまり出かけなくなりましたが、私は毎年2月になると恒例のようにクロスカントリースキーを履き、山の中へバードウォッチングに出かけていました。
クロスカントリースキーの何がいいかといえば、まずとにかく静かなこと。雪の上をすーっと滑るだけなので、足音がほとんどしません。鳥たちに気づかれにくく、こちらの存在を忘れたかのように、普段通りの姿を見せてくれます。これはもう、鳥を見るために生まれてきた移動手段と言ってもいいくらいと私は思います。
そんな雪深い山道を滑っていると、やがて渓流が視界に入ってきます。水の流れがある場所は、言うまでもなく第一級の観察ポイント。ここは見逃せないと立ち止まり、岸辺や岩の上をじっくり探します。すると、岸辺に黒っぽい鳥影が。いました。カワガラスです。
カワガラスは全長22cmほどで、サイズ感はムクドリとほぼ同じ。雌雄共に全身が濃い茶色で目立つ模様はありません。脚は灰色ですが、光の当たり方によっては、銀色に光って見えることがあります。
この鳥が属するカワガラス科は、世界にわずか5種しかいないという少数派。分布はユーラシア大陸と南北アメリカにまたがっています。そして、今回紹介するこのカワガラスは、ヒマラヤ山脈、中国、台湾、朝鮮半島、極東ロシアなどに広く分布し、日本では屋久島より北の地域で留鳥として暮らしています。
名前の通り、彼らの生活の舞台は川とその周辺。そこから離れることはほとんどありません。また「カラス」という名前がついていますが、あの身近な黒い鳥とは系統的にはかなり遠い存在です。おそらく全身が黒っぽい色をしていることから、そう呼ばれるようになったのでしょう。ちなみに「カワガラス」という呼び名は、安土桃山時代にはすでにあったそうです。
では、なぜそこまで川にこだわるのでしょう。理由は単純で、主な食べものが水の中の生きものだから。カワゲラやカゲロウなどの水生昆虫、小魚や魚の卵などを食べて暮らしています。そのため、カワガラスはなんと、水に潜ることができます。
水に潜るといっても、アヒルのように脚の指に水かきがあるわけではありません。翼で羽ばたき、水の中を飛ぶようして潜るのです。カワガラスが属するスズメ目は、世界に約6,700種もいるのですが、水中に潜れるのは、このカワガラス科の鳥くらい。実にユニークな生き方を選択した鳥ともいえるのです。
もう一つ、カワガラスで特筆すべきなのは、その握力の強さ。急な流れの中でも、指でしっかりと石をつかみ、流れに体を持っていかれることはありません。そして嘴で石をひっくり返し、裏にくっついている水生昆虫を食べます。流れの力をうまく利用するのか、自分と同じくらいの大きな石を簡単にひっくり返してしまうこともあり、そのテクニックにはいつも驚かされます。
2月の山の渓流は、まだ雪が多く、冬の真っ只中といった景色です。ところがカワガラスにとっては、すでに子育てシーズンが始まっていて、岩の上にとまって複雑な声でさえずったり、縄張りを巡って川沿いを追いかけ合ったりする姿も見られるようになります。
そんな様子をじっと観察していると、あるおもしろいことに気がつきました。カワガラスは、私の前を通るたびに、必ず「ジッ」とひと声鳴くのです。まるで挨拶をしているかのようにも聞こえますが、もしかしたら、「そこはじゃまだ」と抗議しているのかもしれません。そのことに気がついてから、この声を聞いたらすぐにその場から離れるようにしています。
川から離れない生活のカワガラスは、巣も滝の裏や川岸の木の根元、岩陰などにたくさんのコケを使って作ります。滝の裏の巣は、見るからにびしょびしょの環境で、卵やヒナが濡れて寒くないかと心配になります。でも、彼らはずっとこのやり方で子育てを続けてきたわけで、きっとそれが一番良い方法なのでしょう。
ヒナが大きくなるころには、ようやく山の渓流に春の気配が訪れ、その他の鳥たちも子育てのシーズンが始まります。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
