こんにちは。俳人の森乃おとです。
春になると、スイートピーが甘い香りを放ち、フリルのように波打つ花弁で私たちを魅了します。優しいパステルカラーの蝶形の花は、今にも飛んでいきそうです。結婚式や卒業式など、人生における新たな旅立ちを彩ってくれる花として、世界中で愛されています。
甘い香りを放つ可憐な豆
スイートピーは、マメ科レンリソウ属の蔓(つる)性一年草あるいは多年草で、イタリアのシチリア島原産です。神父で植物学者のフランシスコ・クパーニ(1657~1710年)が発見し、1699年に原種をイギリスに送付。芳香を放つことから 英名は“Sweet pea (甘い豆)”と名付けられました。
学名はLathyrus odoratus(ラティラス・オドラタス)。属名のラティラスはエンドウ(豌豆)のギリシア古名で、種小名のオドラタスはラテン語で「香気ある」を意味します。
日本には江戸時代末期に渡来。1860年(万延元年)、幕府よりアメリカに派遣された遣米使節団が、マツバボタンなど30種類の新しい植物とともに、スイートピーを持ち帰ったのだとか。和名は「ジャコウレンリソウ(麝香連理草)」。レンリソウは同科同属の日本原産の仲間で、名は一つの茎に小葉が対で連なっていることにちなみます。ほかに「ジャコウエンドウ(麝香豌豆)」や「カオリエンドウ(香豌豆)」などの名もあります。
蝶が羽を広げたような花の形
スイートピーは、巻きひげで他の植物などに絡みながら50~200cmほどに生長します。葉は1対の小葉(しょうよう)からなり、小葉は楕円形で長さ約 5 cmです。
品種によって秋や冬に咲くものもありますが、一般的な開花期は4~6月。蔓を伸ばして葉の脇から20㎝ほどの長い花柄を出し、数個ずつ径4~5㎝の香り高い花を咲かせます。花色は豊富で、白、淡紅、ピンク、青、紫、黄色などさまざまです。
花冠はマメ科植物特有の蝶形花(ちょうけいか)。5枚の花弁で構成され、蝶が羽を広げたような形をしています。上部に大きな旗弁(きべん)が1枚。根元には蜜標(みつひょう)があり、昆虫を蜜の在り処に導きます。中央には竜骨弁(りゅうこつべん)2枚、その両脇に羽のように開いた翼弁(よくべん)が2枚。スイートピーの1対の竜骨弁は上部が口を開けた袋状に合着していることが特徴。普段はこの中に雄しべと雌しべが隠れています。
翼弁は昆虫が蜜を吸うための足場になり、旗弁の根元に潜り込むと、重みで竜骨弁が下がります。すると雄しべと雌しべが外に飛び出して、昆虫のお腹や足に花粉を付けるのです。
花が咲き終わった後、長さ5cmの毛のある豆果と呼ばれる莢(さや)をつけ、その中には数個の豆が入っています。食用となるエンドウとよく似ていますが、スイートピーは有毒植物。神経毒のアミノプロピオニトリルを多く含み、誤食すると中毒症状を引き起こす危険があります。
美貌の王妃アレクサンドラに愛された花
スイートピーは、英国エドワード朝時代(1901~1914年)を象徴する花です。原種のスイートピーは淡紫色で、花数も少なく径3㎝ほどと小さめ。スイートピーが世界中に広まるのは19世紀後半から20世紀初頭にかけてのことです。イギリスやアメリカで改良が進んで多くの園芸種が生み出され、花色も豊富でより大きく華やかに改良されました。
英国王室のロイヤルフラワーと称されるスイートピーですが、エドワード7世の美しき王妃アレクサンドラにこよなく愛されたことに由来します。王妃はスイートピーを寝室や食卓だけではなく、式典や晩さん会などの祝いの場でふんだんに飾り、芳香で満たしました。
日本では、スイートピーといえば1982年にリリースされた歌謡曲『赤いスイートピー』が有名。当時トップアイドルだった松田聖子さんの歌として大ヒットを記録し、日本におけるスイートピーの認知度は一気に高まったといえるでしょう。
花言葉は「門出」「別離」「私を忘れないで」
いずれの花言葉も、スイートピーの花弁が飛び立つ前の蝶を思わせることから生まれました。スイートピーを愛した王妃アレクサンドラの夫、エドワード7世は数々の女性たちとの浮名で知られ、「最後の放蕩(ほうとう)王」の異名を持つ男でした。夫の目に入るところに飾られたスイートピーは、「私を忘れないで」というメッセージだったのかもしれません。
スイートピーを詠んだ俳句では、次の一句が知られています。
この「朝」は、卒業式の特別な朝でしょうか。門出と別離が交差する朝、見慣れているはずの黒板は、いつもとは違う漆黒の色を深々と湛えています。まるで暗い海のようでもあり、「明日」が怖く感じられます。それでも、瑞々しい羽をはばたかせ、それぞれの未来へと高らかに飛び立っていかねばなりません。これまでの仲間たちに感謝と別れの言葉を交わし合いながら。私たちの旅立ちを祝すように、スイートピーは優しく香り続けます。
スイートピー
学名:Lathyrus odoratus
英名:Sweet pea
マメ科レンリソウ属の蔓性一年草あるいは多年草で、イタリアのシチリア島原産。園芸種が多くあり、草丈50~200cm。開花期(春咲き種)は4~6月。径4~5㎝の香り高い蝶形花を咲かせ、花色は豊富。花後に食用のエンドウに似た豆果をつけるが、有毒。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
