こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
5月から6月にかけては、多くの中学校で修学旅行のシーズンを迎えます。もうずいぶん昔のことになりますが、私も中学生のとき、この季節に京都と奈良を訪れた思い出があります。修学旅行といえば、訪ねたお寺の印象や、宿で友達と枕投げをしたことなどが記憶に残るものですが、私の場合はやっぱり鳥なのです。
京都から奈良へ向かうバスの中で、何気なく外を眺めていたときのことです。それまで見たことのない鳥がふと目に入りました。白くてハトくらいの大きさの鳥が、軽やかに飛び回っていたのです。ちょうど渋滞でバスはゆっくりと進んでいたため、その姿を目で追うことができましたし、「キリッ、キリッ、キリッ」と鋭く響く声もはっきりと耳に届きました。その瞬間、「あ、ケリだ!」と胸が高鳴ったことを、まるで昨日のことのように覚えています。これが、ケリとの最初の出会いでした。
ケリは、全長34cmのチドリ科の水鳥です。中国北部から東南アジアにかけて分布し、日本では東北地方から西日本にかけて、ところどころで見られます。ケリの繁殖分布は時代とともに変化してきました。1950年代には東北地方と関東北部でしか繁殖が確認されていませんでしたが、1970年代になると東海地方や西日本へと分布を広げ、人々を驚かせました。私が修学旅行で出会ったのも、ちょうどそのころだったのです。その後は九州北部でも繁殖するようになりました。また、冬には雪の多い地域にすむ個体が、暖かい地方へ移動します。ときには、移動の途中と思われる個体が思いがけない場所に現れることもあります。
この鳥が見られるのは、ほとんどの場合、平地の水田です。河川敷や背丈の低い草が生える湿地にいることもありますが、水田で出会う機会の方が圧倒的に多いように感じます。食べものは昆虫やミミズなどの小動物で、歩きながら嘴でついばんで捕らえるのは、ほかのチドリ類と同じです。
ケリという少し変わった名前は、安土桃山時代にはすでに使われていたそうで、「キリッ、キリッ」と鋭く鳴く声に由来するといわれています。たしかに、この声はとても印象的で、名前の由来と聞くと納得できます。
さて、この鳴き声はいったいどんなときに聞かれるのでしょうか。実は、敵が近づいたときに発する威嚇の声なのです。
ケリの巣は、多くの場合、水田の地面に作られます。その巣にタカやカラス、ヘビなどの天敵が近づくと、激しく鳴きながら飛び回り、追い払おうとします。イヌや人もその対象になり、不用意に近づくとものすごい剣幕で威嚇をはじめ、ちょっと怖いくらい。ときには直接、アタックすることもあるそうで、なかなか気性の激しい鳥なのです。
また、地域によっては複数の個体が集まって営巣することがあり、そうした場所では協力して天敵を追い払う行動も見られます。ある研究では、16羽もの個体が防衛に加わり、効果的に天敵を遠ざけていたことが報告されています。そして、防衛力の高い営巣地ほど孵化率が高くなることもわかっています。
しかし、そんな高い防衛力を誇るケリですが、残念ながら人の前では為す術がありません。耕作中の水田に巣を作るため、田起こしや田植えの際に、知らずに巣が壊されてしまうことがあるのです。場合によっては、半数近くが失われてしまった例も報告されています。それでも農家の方の中には、巣に気づくとその場所だけそっと残してくださることも多く、そうしたやさしい配慮のおかげで、かわいらしいヒナの姿を見ることができるのです。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
