こんにちは。俳人の森乃おとです。
秋の山道を歩いていると、葉陰に垂れ下がるドングリのような形の実を目にすることがあります。これがマタタビの実です。「猫にマタタビ」の諺でよく知られていますが、実際に出合っても、気づかずに通り過ぎてしまうかもしれません。
和名の由来はアイヌ語とも
マタタビは、マタタビ科マタタビ属の落葉性蔓植物。北海道から九州、南千島、サハリン、朝鮮半島などに分布し、林の縁などに自生しています。世界中で食べられているキウイフルーツや、ベビーキウイとも呼ばれるサルナシ(猿梨)も、マタタビ属の仲間です。
和名の由来には諸説ありますが、アイヌ語の「マタタムブ」に由来するという説が知られています。「マタ」は冬、「タムブ」は「苞(つと)=手土産」の意で、冬になっても木にぶら下がる実を、土産に見立てたものともいわれます。
旅に疲れた人がこの実を食べて元気を取り戻し、「また旅」を続けられたことから名づけられた、という話もあります。ただし、これは語呂合わせによる俗説と考えられています。漢字表記の「木天蓼」は漢名に由来します。白い5弁花が梅に似ていることから「ナツウメ(夏梅)」とも呼ばれます。
花のありかを告げる白い葉
マタタビの蔓はよく伸び、ほかの木に絡みつきながら成長します。長さ15m以上になることもあります。葉は互生し、長さ6~15cmほどの卵形。先端は尖り、縁には細かな鋸歯(きょし)があります。
花期は6~7月。葉陰に、径2cmほどの白い5弁花を下向きにつけます。花にはほのかな香りがあります。雌雄異株(しゆういしゅ)で、雄株には、雌しべを持たず黄色い雄しべが目立つ雄花が咲きます。一方、雌株には、雌しべと雄しべを備えた両性花や、花弁を持たず、萼(がく)と子房が目立つ雌花がつきます。
小さくて下向きに咲く花は、見つけにくいですが、マタタビは開花期になると、花に近い枝先の葉が半分、あるいは全体に白く変わります。白く見えるのは色素によるものではなく、葉にできたわずかな空気の層が光を反射するからです。
この白い葉は、花の存在を昆虫に知らせる目印になっていると考えられ、花が終わると再び緑色に戻ります。英名のシルバーバイン(Silver vine)も、この開花期だけの銀白色の葉にちなみます。
薬酒や暮らしの道具に
果実は多くの果汁を含んだ液果(えきか)で、長さ2.5cmほどの先が尖った長楕円形。10月ごろ黄褐色に熟すと辛みが和らいで甘みが出てきます。
一方、マタタビミタマバエなどの昆虫が花の時期に産卵すると、果実はカボチャのようにデコボコと膨らんだ虫こぶになります。これを熱湯に通して乾燥させたものが、生薬の「木天蓼(もくてんりょう)」です。体を温め、冷え性や神経痛、腰痛によいとされ、焼酎に漬けた天蓼酒(てんりょうしゅ)も、山里で親しまれてきた薬酒の一つです。
マタタビは、果実だけでなく蔓も暮らしに役立てられてきました。丈夫でしなやかな蔓を細く割き、ザルやカゴなどに編み上げます。水切れがよく、台所仕事にも適したマタタビ細工は、山の恵みを生かした生活道具でした。
花言葉は「夢見る心地」「誘惑」「魅力」
猫はマタタビの枝葉や実に顔や体をこすりつけたり、地面を転げ回ったりします。花言葉の「夢見る心地」「誘惑」「魅力」は、猫を惹きつけてやまない力と、その恍惚とした様子から生まれたのでしょう。
猫がなぜマタタビに反応するのか。その理由の一端が明らかになったのは、2021年のことです。岩手大学などの研究グループは、マタタビに含まれるネペタラクトールという成分が、猫の特徴的な反応を引き起こすことを確認しました。さらに、猫が顔や頭をこすりつけることで、この成分が体毛に付着し、蚊を遠ざける働きをすることも示されました。
酔っているように見える、あの不思議な行動。そこには、蚊から身を守るための野生の知恵が隠されていたのかもしれません。
人もまた、マタタビの実を口にして、その刺激や風味を楽しんできました。
沢木欣一は、昭和から平成にかけて活躍した俳人。霧に包まれた山中でマタタビの実を噛む。その鋭い辛みを、作者は「口ひびく」と、音にも痛みにも通じる言葉で捉えました。視界が霧に閉ざされるなか、口中の刺激だけが鮮明に立ち上がってきます。
霧は秋の季語。ひんやりとした山の気配まで伝わってくる一句です。
マタタビ(木天蓼)
学名:Actinidia polygama
英名:Silver vine
マタタビ科マタタビ属の落葉性蔓植物。北海道から九州、南千島、サハリン、朝鮮半島などに分布し、林の縁などに自生。花期は6~7月。径2cmほどの白い5弁花を下向きにつけ、枝先の葉が白くなる。果実は10月ごろ黄褐色に熟す。採取した実は生薬や薬酒に、丈夫な蔓はザルやカゴなどに利用される。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
