漬物男子、田中友規です。
世間は空前のスパイスカレーブーム。
最近では、自宅でスパイスからカレーを作っています、なんていう方も少なくないのではないでしょうか。
南インド、北インド、パキスタン、スリランカ、タイ、マレーシア、カレーといっても地域によって考え方も作り方も様々で、興味は尽きません。
僕の場合、大阪で出会ったスリランカカレーの美しさに居てもたっても居られなくなり、その翌月にはスリランカに旅立ってしまったほど。
現地の人が普段食べている20種類のカレーのレシピを習得し帰国したほどですが、それはまた別の話。興味はスパイスなどとうに通り越し、本日お話したいのは「福神漬け」なのです。
カレーといえば福神漬け、日本人ならだれもが頷くパートナー。
元々はインドのアチャールという保存野菜に由来し、傷みやすい野菜を塩とマスタードオイルでコーティングすることで保存力を高めた漬物の一種で、インド料理には欠かせない副菜です。
クミン、カイエンペッパーなどのスパイスで香り付けし、シャキッとした野菜の歯ごたえを残したサラダのような仕上がりで、使用する野菜のバリエーションも様々。
アチャールの日本版として位置する福神漬けですが、誕生したのは明治初期で、その歴史はまだ新しい。 レンコン、きゅうり、ナス、大根、シソの実、生姜、ナタマメ、7種の野菜を甘味のある醤油に漬け込んだ漬物で、七福神の弁財天が祀られる東京上野の不忍池の近くに店を構える山田屋が、 その地域にちなんで「福神漬け」と命名したとされています。
当初はカレーとセットではなく、白飯のおかずとして人気を博したのですが、 大正時代に入り、ヨーロッパを行き来する日本郵船の一等客船で提供された カレーライスに添えられたのがその歴史の始まりだといわれています。この言い伝えには諸説ありますが、海外の港に出入りする客船の乗組員が、当時最先端の料理として、スパイシーなインドカレーとアチャールを模し、日本式カレーに福神漬けを添えて提供し始めたという説は、カレー創成期ならではのリアリティがあって僕は好きです。
しかし気になるのは、福神漬けのあの真っ赤な着色。
明治時代からあんな色だったはずもなく、いったい誰の仕業なのでしょう。
100年前の福神漬けを自分で作りたい・・・
そんな衝動に突き動かされて、さっそく材料集めを始めました。
さきほど紹介した福神漬けに聞きなれない野菜があったと思います。
・・・ナタマメ?漢字で書くと鉈豆。どうやら鉈のような形状をした大型の豆らしく、
市販の福神漬けをよく観察していただくと、薄くカットされた剣のような形の野菜が確かに忍び込んでいます。
僕は希少な野菜が必要な時は、大阪中央卸売市場で働く友人に相談するのですが
この時ばかりは、国産はほとんど出回らないので難しい、と入手することができませんでした。
ナタマメなくして、福神漬けは未完。いつになっても構わないので探してほしい、と無理を言い、ついに大分でほんの少しだけ作っている農家があった!と連絡が入り、念願のナタマメと対面することができたのは実に2年後で、102年前の福神漬けになってしまいました。
手に入れた大きなその豆は、全長40cmもあり、まだまだ知らない野菜があるのだなぁ、と思わず口元が緩みます。
まな板の上の七福神たちを丁寧に薄切りにし、酢、醤油、砂糖、みりんで調味液を作り、さっと茹でる。柔らかくするのが目的ではなく、生野菜から水分を抜き出し冷やす過程で味を染み込ませるのだ。ひとつひとつの工程に、嬉々として作り始めた福神漬けだがどうも様子がおかしい。
さっきまで鮮やかな色彩でこちらに微笑んでいたのにまるでドブ水のような灰色に染まっていくのです。
茄子の皮から抽出された青黒さで、れんこんはコンクリートのように変色し、きゅうりの深い緑色がさらに全体を黒ずませ、なんとも食欲をそそらない色の漬物ができあがったのだ。
本当の福神漬けを実際につくってみて初めてわかる、福神漬けに赤い服を着せてあげたその理由。
美味しいのに美味しそうに見えない、苦肉の策として真っ赤な福神漬けが生まれたという訳だ。そうわかった途端、色を誤魔化して赤く染めた人々の営みがなんとも可愛らしく思えてきた。
102年前の福神漬けの秘密を知った僕は、気持ちも軽くなり、いまでは7種の野菜の醤油漬けであればなんでも福神漬けと呼んでいいことにしています。今日は、ナタマメの代わりにわさび菜を、大根は水気の少ない辛味大根で。
甘さは抑えて酸味を強く、フレッシュな食感を残した出来立ての福神漬けはどこまでも爽やかで、濃厚なパキスタン風のチキンカレーにもよく合います。
天然の色彩の中にまた新たな発見がありました。土色のカレーに、くすんだ緑が、これはこれで美しいじゃないか。
ちょっとしたことを深く調べてみることで、思わぬ物語に出会えるものですから、あえてパキスタン風カレーの味についてはお話しないでおきましょう。
もし興味が湧いたら調べてみてください。なにしろ今日1月22日はカレーの日です。
外に出にくいこんな時期こそ、誰もが見過ごしているなにかに没頭してみるのもよいですよね。
<材料>
・れんこん 15g
・きゅうり 25g
・ナス 25g
・大根 15g
・シソの実 2本分
・生姜 5g
・ナタマメ 15g
<作り方>
1. 醤油、米酢、砂糖、みりんを同じ割合で混ぜ、調味液を作る。
2. 薄切りにした野菜と調味液を鍋で一煮立ちさせる。
3. 保存容器に入れて、冷蔵庫で一晩冷やして完成。
田中友規
料理家・漬物男子
東京都出身、京都府在住。真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
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