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春彼岸

暦とならわし 2025.03.17

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彼岸は春分と秋分を中日とする前後7日間のことで、最初の日を「彼岸入り」、最後の日を「彼岸明け」といいますが、黄経0度の春分点は正確に計算されるため、春分の日は毎年同じ日にはなりません。

春分の日は天文に忠実に3月21日もしくは22日となり、年によって日付が変わるという世界的に見ても珍しい祝日です。そのため彼岸の期間も春は3月17日か18日〜3月23日か24日と若干変わりますが、季節は春らんまん、うららかに桜が咲き始めるとても良い季節です。

春分と秋分を祝日とする意味はそれぞれ異なり、春分は「自然をたたえ、いつくしむ日」、そして秋分は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」ことを趣旨としています。

彼岸は日本独自の風習

仏教では煩悩を脱して悟りの境地に達した世界を彼岸、煩悩の多いこちらの世界を此岸(しがん)といいます。

本来の彼岸は迷いの多い此岸から、彼岸の世界に至るために行う仏道の修行期間のことで、寺院では現在も法会が行われています。

最初の彼岸会(ひがんえ)は806年、無念の死を遂げた早良親王の慰霊のために行われ、平安時代の年中行事となっていましたが、彼岸は次第にご先祖様がいらっしゃる西方の極楽浄土を意味するようになり、この期間にお墓参りや先祖供養をする風習が広まりました。

また昼と夜が同じ長さになり、暑くもなく寒くもない時候となることから、仏教が大切にしている偏りのない考え方、いわゆる中道を実践する修行期間ともされてきました。

こうした仏教由来の風習が日本の雑節となっているわけですが、お彼岸はインドや中国などの仏教国にはない日本独自のものです。

春彼岸にいただくぼたもち、秋彼岸にいただくおはぎも本来はお供えするためのお餅です。「入りのぼたもち、明けだんご、なかの中日小豆飯」という言葉もあり、お団子やお赤飯、また古くから殺生を禁じ、精進料理を食してきたことから、いなり寿司や五目寿司、精進揚げ(野菜の天ぷら)などが彼岸の行事食となっています。

彼岸は日願

真東から太陽が上り、真西に沈む春分と秋分は、古代から重要な節目の日と考えられていました。

春分と秋分の日は明治11年から春季皇霊祭、秋季皇霊祭という天皇家の霊を祀る重要な宮中祭祀の日としてすでに祝日になっていましたが、昭和23年以降は春分の日、秋分の日とそれぞれ改称されて国民の祝日となりました。

春分の日の趣旨は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」。その背景には太古から続く風習、自然と一体になって過ごし、生かされていることに感謝する「太陽信仰」がルーツにあります。

日本には元々、春分や秋分の頃に山に登って、太陽を拝む「日願(ひがん)」の風習がありました。日がな一日、山で過ごし、沈みゆく太陽を拝む風習です。「日の願(ひのがん)」」「日の伴(ひのとも)」と呼ぶ地方もあります。

農耕を始めるにあたり人々が山に籠って飲食を共にし、一年の豊穣を願う「彼岸籠り」という風習や、「日迎え」といって朝は東に向かって歩き、夕方は「日送り」といって西に向かって歩き、一日野山を歩く風習もありました。

これがのちに仏教の伝来と共に、西方に極楽浄土があるとする浄土思想と結びつき、先祖を偲ぶ「お彼岸」の風習となって、今日に伝えられています。お墓参りをするお彼岸はこうした日本古来の祖霊信仰と習合して発展したものと考えられています。

端山と深山

昔は亡くなった祖霊は居住していた近くの山に上がって、子孫を見守っていると考えられてきました。こうした人里に近い山のことを端山(はやま)といいます。

そして数十年ほど経つと祖霊たちはより高次の集合的な霊となって、人々が日々仰ぎ見るようなさらに高い山、深山(みやま)に移り、村人たちを遠くから見守っていると考えられてきました。

春は「山の神」が里に降りてきて「田の神」になるといわれていますが、山の神とはこうした祖霊たちの集合体でもあるのです。山へ登って自然と交感することは自然の精霊や祖霊たちと一体になることでもあり、農作業を始めるにあたって感謝を捧げ、力を頂くことでもありました。

春分と菜の花

菜の花や月は東に日は西に 一茶

春分といえば、一茶のこの句が有名です。真西に沈む太陽と黄色に輝く菜の花畑。壮大な春の風景が目に浮かびます。

山吹の露菜の花のかこち顔なるや 芭蕉

山吹は雨と共にその風情を詠まれることが多く、太田道灌の「山吹伝説」でも知られるところですが、芭蕉は山吹に宿る露は尊ばれるのに、雨が降ってもその風情を喜ばれない菜の花はなんだかつまらなそうであると詠んでいます。

「菜の花明かり」という季語もあるように、菜の花の群生は眩しいほどに明るく、やはり雨よりも断然、太陽が似合います。

晴れてほしい春分ですが、じつは大気が不安定で雨になることも少なくありません。彼岸時化(ひがんしけ)は彼岸の頃に降る、海が荒れるような長雨のこと。菜の花が咲く頃であることから、菜種梅雨(なたねづゆ)と呼ばれることもあります。

いずれにしても春彼岸は菜の花、秋彼岸は彼岸花を目印として覚えていただくとわかりやすいかと思います。

写真提供:高月美樹

自然をたたえ、いつくしむ日

「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、春分は種まきなど本格的な農耕が始まる一年の大事な始まりであり、実感を伴う季節の大きな変わり目です。占星術では十二星座が回り始める最初の日であることから「宇宙元旦」と呼ばれるほど重要視されています。

立春以降は少し暖かくなっては冴えかえり、寒気との綱引きが長く続きますが、春分を過ぎるとはっきりと陽気が勝って、さあ今年もがんばるぞ、と自然に背筋が伸び、心弾むような日々が始まります。

彼岸は自然を尊び、先祖に感謝し、生かされている命に感謝をする日。

仏教の中道の教えは極端な考えや行動をつつしみ、中道を心がけるというだけでなく、自己と他者が分かれることなく調和し、縁起によってたくさんの命に支えられている自分に気づくための教えでもあります。

春彼岸には身の回りの自然を心から慈しみ、生かされている喜びを全身で感じていただければと思います。

文責・高月美樹

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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