夏の気が去る頃
「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、秋分を境に夏の気がようやく衰え、本格的な秋が始まります。残暑の厳しい年ほど、この言葉のありがたさを実感することでしょう。
今年の秋分は9月23日。この日を中日として、前後三日を合わせた七日間が「秋彼岸」です。秋分の日は国立天文台が「太陽が秋分点を通る日」を正確に計算して定めるため、年によって変わります。
『暦便覧』には「陰陽の中分なればなり」とあり、昼と夜の長さがほぼ等しくなる秋分は、大地の陰陽が調和する節目とされてきました。
春分の日が「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」であるのに対し、秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日」。古くは「秋季皇霊祭」と呼ばれ、天皇家の祖霊を祀る日でしたが、戦後「秋分の日」と改称され、国民の祝日として定着しました。
「彼岸」とは仏教の言葉で、迷いや煩悩に満ちた「此岸(しがん)」から悟りの境地である「彼岸」へ渡ることを意味します。太陽が真東から昇り真西に沈む秋分は、西方浄土を象徴する日ともされ、ご先祖を供養し、感謝を捧げる営みが広まりました。
日本では仏教伝来以前からの祖霊信仰とも結びつき、墓参りや仏前に手を合わせる習慣が今も息づいています。彼岸は単なる仏事ではなく、自然の循環に感謝し、命のつながりを確認する大切な時期だったのです。
萩とおはぎ、日本の風情
秋彼岸に欠かせないのが「おはぎ」です。秋は萩の花にちなみ「おはぎ」、春は牡丹にちなみ「ぼたもち」と呼ばれますが、実際は同じもの。萩は「はぎ」と「はか(墓)」の音が通じ、古くから供花とされてきました。また、小豆の赤い色には邪気を祓う力があると信じられ、先祖への供物として受け継がれてきました。
秋は新小豆が出回る頃なので粒あん、春はこし餡とする説もあります。家族でお墓参りをしたり、おはぎを作って仏前に供えたりすることは、日々の暮らしの中で祖先を思い出す大切な時間となっています。
天上の花
そして、この季節を象徴する花といえば、やはり彼岸花です。別名は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。サンスクリット語で「天上の花」を意味し、吉兆の前触れとして天から降る赤い花として仏典に記されています。あでやかな朱色の花が群れ咲く光景は、どこか非日常の世界を思わせ、黒アゲハが舞う姿と重なって妖艶な美しさを放ちます。一方で「地獄花」「幽霊花」といった異名もあり、畔や墓地に多く見られるのは、毒をもつ球根がネズミやモグラを避け、強い根茎が土を守る役割を果たしていたためです。
彼岸花はその生態も不思議です。冬の間だけ葉を伸ばし、春に枯れて夏は姿を消し、秋になると突如として茎を伸ばして花を咲かせます。燃え立つような赤い花が十日ほどで散るころには、空気がひんやりと肌寒くなり、季節は確実に深まっていきます。
調和と循環を思う時間
秋彼岸は、自然の循環と祖先への祈りを重ねて思い起こす期間です。
農村では実りに感謝し、都市では家族の絆を確かめる営みとして受け継がれてきました。祖先をしのび、実りに感謝する心は、自然と人との深い結びつきを思い起こさせてくれます。
真東から昇り真西へ沈む太陽を拝むことは、天地の調和を感じ、自らの内なるバランスを取り戻すひとときとなることでしょう。日々の忙しさのなかで、つい流れてしまいそうな季節の節目。朝夕の空気がぐっと涼しくなり、泡立っていた心がすっと静まる頃です。
「秋彼岸」は少し立ち止まって心をととのえ、自分の内側とつながり、大切な人たちに静かに思いを寄せる時間でもあります。人生にはさまざまなことがありますが、風にゆれるすすきや道ばたに咲く彼岸花が、現世(うつしよ)を生きる私たちの背中をそっと押してくれるようです。
文責・高月美樹
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