こんにちは。星空案内人の木原美智子です。
梅雨の間、雨雲に覆われた宙ばかり見ていると、その向こう側にある星空のことを忘れてしまいそうになります。私たちが気にかけずとも星空はきちんと夏へ衣替えを進めていて、ちょうどこの時期の20時頃には、さそり座のアンタレスが南の宙で赤く輝いて見えます。さそり座は夏を代表する星座。アンタレスはさそり座の一等星で、誰が見ても明らかに“赤っぽい”と感じられる色をもつ、真夏の太陽を象徴するかのような星です。
アンタレスの特徴である赤い輝きは、地域問わず古代から注目されていました。アンタレスはギリシャ語の「Ant-アント(似たもの)」と「Ares-アレス(火星)」が語源。アンタレスと同じように赤色に見える火星と結びつけられた名前だと考えられています。
中国の星座(二十八宿)では、アンタレスを中心とするその付近の場所を「心(しん)宿」と呼びます。古代中国では、災いの象徴である火星が心宿に近づいて留まる天文学的な現象を不吉な政変の前触れとして捉え、非常に恐れていました。中国もギリシャと同じように火星との関わりがあったようです。
日本ではどうでしょう。どうやら私たちの先祖の皆さんは、アンタレスの赤色を不吉とは捉えず、自分たちの暮らしに役立つ目印として見ていたようです。有名な和名の1つに、瀬戸内海の地域で親しまれていた「魚釣星(うおつりぼし)」があります。さそり座のS字の形を釣り針に見立てて、アンタレスはその釣り針に引っかかった魚。魚釣星が夕方の東の宙に見えるかどうかで鯛の漁を始めるタイミングを決める、暗闇の中で行う夜釣りでは、方角や時間を知るための目印にするなど、漁で暮らしを営む漁師たちに親しまれてきました。季節が4回も変わるほど自然環境の移ろいが豊かな日本では、規則正しく巡ってくれる星たちが唯一の指標となり、カレンダー兼時計として役目を果たしてきたのです。
宮沢賢治作の『銀河鉄道の夜』でアンタレスは「さそりの火」として登場します。他人のために自分の体を焼いて闇を照らす火になりたいと願ったサソリの命の炎として、美しくも少し切なく描かれています。
命はいつか終わりを迎えるもの。それは星も同じで、アンタレスも間もなく寿命を迎える高齢な星です。赤い輝きの終わりは明日かもしれないし、100年後かもしれません。それでも今日も1日、私たちに光を届けてくれています。

