朱色、紅、古代紫、葡萄色、縹(はなだ)色、萌黄(もえぎ)色、女郎花(おみなえし)色…。日本には沢山の美しい色の名前があります。今年の京都は3月下旬に雪が舞い、一瞬冬に戻ったかのように錯覚しましたが、4月に入り、待ち焦がれた桜の開花。ようやく春の兆しが濃く感じられる4月。今回は「曙(あけぼの)色」についてご紹介いたします。
「春が来た」となると必ず思い出すのが、平安時代に清少納言が記した『枕草子』冒頭の一文です。
「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」春は、あけぼの(がよい)。すこしずつ白くなっていく山際が、少し明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいていく(その様子がよい。)
その後は、夏は夜、秋は夕暮れ、冬はつとめて(早朝)と、春夏秋冬のそれぞれに一番素晴らしいと清少納言が感じる時間帯が書かれています。
京都は、清少納言が生きた平安時代から都であり、北、東、西と三方山に囲まれている立地です。1200年の時を経た今でも、春、夜明けを待つと東の山から、ほんのりと明るくなり、紫色の霞がかかり、そこに美しい太陽の光がのぞく、繧繝(うんげん)を描くように次第に濃くなっていく様子を見ることが出来ます。
その様子を表す色を「曙色」と呼んだり、または「東雲(しののめ)色」と呼んだりするようになりました。色見本は茜にわずかに槐(えんじゅ)という黄色の色素を持つ花の蕾をかけて表しています。
この色名には諸説あり、欧米のオーロラ色を日本語訳するために考えられた色名である、という説や、「東雲色」は、古来の住居の窓の役割を果たすところに篠竹を網目状に組んで明かり取りとし、その目の間から入る光をあらわす色という説もあります。
「東雲」も「曙」も夜明けから早朝にかけて、ほんのわずかに日の光がのぞく瞬間を捉えた時間をあらわす言葉であったことは確かなので、その何とも言えない、移り変わる色を表したのではないかと思います。
夜明けから朝までだけでも、暁(あかつき)、彼者誰時(かわたれどき)、東雲(しののめ)、曙(あけぼの)、朝朗(あさぼらけ)、有明(ありあけ)など細かい表現に分かれていて、当時の人々にとって空の様子が変わる様が如何に大事であったのかということが分かります。
ところで、江戸時代には「曙染め」という技法が流行します。近世以降、平安時代の貴族のように何枚も衣装を重ねることが少なくなり、やがて小袖と称される表着のみに、様々な色や模様をあらわす友禅染が登場します。
曙染はその中でも地の色を濃い色からだんだんグラデーションにして薄く染めていき、やがて白くなった部分に色挿しをして文様を描くという方法です。その様子が、繧繝を描いている曙の空の様子と似ているため、そのように名付けられていました。
写真提供:紫紅社
吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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