染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。それぞれに意味があり、背景があったりして、それがまた日本の歴史の奥深さを感じるところでもあります。今回は、「桜鼠(さくらねずみ)」についてご紹介致します。

今年の春は、その言葉通りに「三寒四温」を幾度も繰り返し、例年より桜を長く楽しめたような気が致します。京都では3月末から4月中旬まで、美しく咲くソメイヨシノやしだれ桜の姿を眺めることができました。「桜は満月の頃に合わせて美しく咲く」と以前伺ったことがあるのですが、13日の夜は日中に降った強い雨も上がり、輝く満月の下、美しい桜の花を愛でることができました。
桜の花色を表す色を「桜色」といいますが、もう1つ「桜鼠」という色名があります。淡い紅色にやや灰色、薄墨がかかったような、くすんだ淡い桜色です。紅花で桜色に染めた後に、檳榔樹(びんろうじゅ)の実で染めて、その後鉄分で媒染することによって薄い墨色を重ねてあらわします。
この色合いは、『古今和歌集』にある上野岑雄(かみつけのみねお)が友人であった時の関白太政大臣藤原基経が亡くなり、京都の東南にある深草の地に埋葬された際に詠んだ歌に由来していると言われています。
「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」
平安時代、この深草は貴族の別荘が多くあり、桜の名所がありました。岑雄は、親しい人が亡くなったときに、喪に服し鈍色の衣装を着るのだから、せめて今年だけはこの美しい桜も墨がかかったような色に咲いて欲しい、と詠んだのです。そうすると薄墨色の桜の花が咲いたと伝えられています。
現在では深草のやや南に「墨染(すみぞめ)」という地名がありますが、これもこの歌が由来になっています。現在は「墨染寺(ぼくせんじ)」と呼ばれる寺があり、薄墨桜を楽しむことができます。そして、奈良の薬師寺にも薄墨桜があり、毎年3月末花会式の行われる頃に開花します。今年は丁度結願の夜に伺う機会がありましたので、その美しい姿を拝見することができました。

さて、『源氏物語』「薄雲」の帖で、光源氏が愛した継母にあたる藤壺宮が光源氏に看取られて亡くなる場面があります。彼女の死を悼んで、殿上人は「なべてひとつ色に黒みわたりて」=みな鈍色の衣装を身に着けて喪に服した、と書かれています。
丁度桜の美しい季節で、光源氏は、「二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴の折など思し出づ。『今年ばかりは』と、一人ごちたまひて」=二条院の庭先の桜をご覧になっても、花の宴の時のことを思い出され、「今年ばかりは(桜も薄墨色に咲いて欲しい)」と独り言をいいます。

岑雄の詠った歌を、知識豊かな紫式部は知っていて、光源氏が継母でありながら心を寄せ、やがて子を生した藤壺の死の際に悲しみに暮れながら桜を見て、「今年ばかりは」と一言だけを言ったと書いています。その一言だけで、大変悲しみにくれていて、そしてあまりに美しく咲いている桜も、鈍色がかかった桜に咲いて欲しいと思う彼の心の内側を表現しているのです。

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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