染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「杜若色(かきつばたいろ)」についてご紹介致します。

杜若は、アヤメ科の植物で、初夏にわずかに赤味のある花を咲かせます。京都では、上賀茂神社の東に位置する大田神社の杜若が有名です。上賀茂神社の御神体とされる神山からの清流が、沢に流れ込み、そこに杜若の群生が一面に広がっています。見ごろは5月中旬ですが、濃い葉の緑に紫の花の組み合わせは、なんとも美しい光景です。

奈良時代に編纂された『万葉集』には、杜若について詠んだ歌が7首遺されています。中でも
(詠み人知らず)
(大伴家持)
の2首は、美しく咲く杜若の花びらを摘み取り、その色を布に摺りつけて染めていたと思わせる内容になっています。「かきつばた」の花の語源も、このような「摺り付ける」、「描き付ける」花であることに由来しているそうです。

家持の歌の中に、「着襲ひ猟する」とありますが、これは飛鳥時代からはじまったとされる「薬狩(くすりがり)」という宮中儀式の際の衣服を身に着けて狩る、という意味合いです。旧暦の5月5日、疫病の流行りやすい梅雨や暑い夏に備えて、男性は強壮剤となる若い鹿の角を取り、女性は菖蒲や蓬などの薬草を採ったと言われています。それらを紅花染めの赤い袋に詰めて、杜若や菖蒲などこの季節の造り花で装飾した薬玉(くすだま)を作り、9月9日の重陽の節句まで飾り、邪気を払い、疫病退散を祈るという習わしがありました。
「薬日」とも呼ばれる5月5日に、人の身体を守る薬を狩る、という重要な役割をする男性が、杜若の花の色を摺りつけた衣装で挑む姿は、大変美しいものだったことでしょう。しかし、このような花摺りと呼ばれる染め方は数日しか色が持たず、洗ってしまうと色が残らないため、特別な行事のときに、その日のみに使われていたようです。

染織家の立場からすると、しっかりとした紫の色を表すのには、長い時間をかけて紫草の根を使って染めるのが最適かと思います。紫草の根を叩いて細かくしてから、お湯の中で揉み出していくと次第に紫の色がお湯にうつっていきます。そこに布や糸を浸し、椿の灰汁(あく)で色を定着させるという方法が、最も美しい紫を生み出すと考えています。

紫草は根が紫色をしているのですが、今の季節、小さくとても可愛らしい白い花をつけます。自然の草木花を眺めていると、美しい色そのものを花や葉が蓄えていると思ってしまうのですが、実は色は見えないところに潜んでいるのだと考えさせられます。

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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