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日本の色/紺こん

にっぽんのいろ 2025.08.21

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染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では古来様々な美しい色の名前がつけられ、伝統色として今も愛されています。今回は、その中から「紺(こん)」についてご紹介致します。

「紺」という色の歴史は古く、『論語』郷党篇には「君子、紺取(かんしゅう)を以て飾らず。紅紫(こうし)以て褻服(せっぷく)と為さず。」(=君子は、喪を表す色である紺や喪明けを示す色である赤茶色で衣服を飾らない。紅や紫といった派手な色が混じった衣服を着ない。)と書かれています。

日本では大化三(647)年に制定された十三階の冠位の五番目の冠位である青冠に、「服(きぬ)の色は並み紺を用ゐる」と紺の文字があり、当時はそれを「ふかきはなだ」と読んでいたようです。

蓼藍の葉

紺色を表すのには、蓼藍の葉を発酵させて「蒅(すくも)」もしくは「沈殿藍」を作り、それを甕に仕込んで更に発酵させて染める藍染を用います。甕の発酵具合や染める時間などで濃さや色相が変わりますが、藍系の色名は実に40色以上あると言われています。紺はその中でも濃く、わずかに赤、紫がかかったかのような深い色合いとして存在しています。しっかりとした濃い紺色に染めるには、何度も染め重ねて空気酸化させる必要があります。

蒅(すくも)

植物染料は、絹に代表される動物性のタンパク質を含む繊維と非常に相性が良く、日本の伝統色のほとんどが、絹に染められた色なのですが、藍染に限っては、木綿や麻など植物の繊維と相性が良く、美しく染まります。それ故に身分の高低に関係なく、世界中のあらゆる地域で染められてきた染色方法でもあるのです。

日本では、特に江戸時代に入り、木綿が普及したことによって、より多くの人々が着用する色となりました。木綿はアオイ系の植物の花、いわゆる綿花のワタから取れる繊維で、元々は南米、エジプト、インドなど熱帯性の植物です。日本には四季があり寒冷な時期もあるためなかなか定着せず、綿布は貴重な生地として輸入されていました。品種改良が施されて連続して栽培されるようになったのは、16世紀以降桃山時代から江戸時代以降と言われています。

藍染の様子

木綿の普及により、藍染を専門とする染屋を「紺屋」(こんやもしくはこうやとも呼ばれる)が様々な地域の町や村に出現するようになります。紺屋は藍の色持ちが良くなるように、調子を保ちながら、より濃く染め続けられるように建てた甕をいくつも持っていて、職人や商人のための紺色の法被、暖簾なども多く作っていました。それらは屋号や家紋などを白く染め抜いていたものも多く、「紺看板」という言葉もあったそうです。

白抜きされた藍染法被

紺屋はそうして、客人のものばかりを染めることで忙しく、自分の衣服はなかなか染められないという背景から「紺屋の白袴」ということわざも生まれました。(私も自分のものはなかなか染められないので、「紺屋の白袴」そのものです。)

こうした背景により、江戸後期から明治にかけて木綿地の紺色、藍色の色を身に着けた人々が多く、加えて暖簾や壁の色に藍の色が用いられた様子を、明治にはいって来日したロバート・アトキンソンやラフカディオ・ハーン(後の小泉八雲)が見て、日本の街が藍染で溢れていることをそれぞれの著書に書き記していることから「ジャパン・ブルー」という言葉が生まれたと言われています。

写真提供:紫紅社

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吉岡更紗

染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。

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