染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では古来様々な美しい色の名前がつけられ、伝統色として今も愛されています。今回は、その中から「萩色(はぎいろ)」についてご紹介致します。
萩は、前回ご紹介した桔梗と同じく秋草の1つです。3枚の小さな葉が枝に連なり、その先に赤味がかった紫色から白へと美しいグラデーションを成した可憐な花を沢山つけます。日本では奈良時代から愛された花で、『万葉集』では141首もの萩の歌が詠われていて、植物の名が出る歌の中では桜や梅、松を抑えて、萩が最も多いのです。草かんむりに「秋」と書き、まさしく秋を代表する花ですが、漢字で「萩」と書かれるようになったのは後の時代です。語源は「生(は)え芽(き)」で、万葉仮名では「芽子」と書いて「はぎ」と読んでいたそうです。「芽子」は「めこ」とも読むため「妻子」、つまり女性に喩えた花として愛でられていました。
141首もの萩の歌が詠われていた『万葉集』では
など「鹿」で男性を、「萩」で女性を表して、鹿が萩に愛情を示すような歌が多く見られます。鹿が萩の若芽を好んで食べることから、異性への愛情を伝え合う相聞歌としても詠われるようになったと言われています。萩の色合いの美しい細やかな花々が風にそよぐ姿が、たおやかな女性の様に見えるのでしょうか。
また『万葉集』に、
『後拾遺集』に、
など、朝露に濡れた萩の花の近くを通ったところ自分の衣が触れてしまい、摺り染めとなってしまった様子が詠われています。花を摺り付けて衣に色を移す花摺りと呼ばれる技法で染められた色は、残念ながらそれほど長くは持たず淡い茶色に変色してしまいます。移ろう恋心を表すには丁度よいのかもしれませんが、萩の花色のような美しい赤紫を表すには紫根や蘇芳といった染料が用いられました。蘇芳は、「蘇芳色」の時にも詳しくご説明していますが、日本では育たないマメ科の熱帯性植物で、古来東アジア圏から輸入をして使われていました。青みのある赤色を持つ染料ですが、煮出す量や染める回数を調整して淡く、または濃く染めて、様々な色相を持つ萩の色合いを表現していました。紫根は紫色に染まる染料ですが、萩の花色を表すために、染料にお酢を加えてやや酸性に傾かせると、赤みのある紫となります。
秋草に選ばれた植物は桔梗、薄、女郎花、撫子など繊細な植物が多く、いずれも秋風に揺れる姿が美しいものです。その揺れ具合や陽の光の当たり具合で、姿形や色合いが変化するようにも見え、昔の人々はその花色の様子を染め色を出す技術を駆使して表現していたのだと感心する次第です。

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
